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 夢の中 [9]

※ 性描写があります。18歳未満の方はお読みにならないでください。

 清志郎との話し合いで、石を使うのは明後日の夜と決めた。
 せめて落合が出発するまで残りたいと言ったが、平成の隆の身体の状態を考えると緊急を要するし、二月に入ると雪の日が増えるから石が使える日が限られると説得された。
 隆は落合にも話すつもりだったが、清志郎に反対された。
「あいつは、お前が消失してしまうなど、信じやしないだろうから」
 計画を反対される。それが清志郎の見解だった。
 隆が消失する事に関しては、清志郎だけが知り得た情報からの予想だから、本当のところは分からない。もし、向こうに隆がいなければ、身体ごとこちらへ来た事になるから、それならこちらで生活し続けても、消失する事はないように思われるが、叔父や祐輔や両親は、隆が行方不明になったまま安否を気遣って暮さなければならなくなる。それも、片桐家の者として清志郎には承服出来ない話らしかった。
 信用出来ないなら自分で確かめて見ろと、隆も “ カピタンの桶 ” に顔をつけてみたが、何も見る事は出来なかった。しかし、石の方は隆が触れると淡く光って、本物である事を主張していた。こうなると、清志郎の主張を退けるのは到底出来そうになかった。
 ここで一つ厄介なのは、夜、隆と落合が一緒に休んでいる事だ。
 二人が同房しているのを知ると清志郎は頭を抱えたが、それについてのお咎めは受けなかった。隆が一人で休みたいと言えば済む話だと、問題にしなかった。
 ただ、石の存在を知っている落合に邪魔される可能性はある。念のため落合を家から追い出た方がいいだろうと、清志郎は骨董のお客である老舗の画商に頼んで、明後日の夜、落合を適当な理由で画廊に招いて足止めして貰いたいと依頼した。
 お陰で、大切にしていた広重(ひろしげ)の版木(はんぎ)を手放す事になり、可愛い隆のためなら仕方がないと恩着せがましく呟いていた。
 翌日、隆は心の準備が出来ないまま、いつも以上に落合にくっついて過ごした。絵のモデルをしながら、落合の姿を目に焼き付けようと食い入るように見つめ続け、厠(かわや)にまでついて行こうとするので、どうしたんだと訝かられてしまい、慌てて何でもない風を装った。
 夜になると、今日が最後の交わりなのだと益々感傷的になり、風呂場で泣きながら念入りに身体を洗っていたから、釜焚きをしていた徳一に具合が悪いのかと心配される始末だった。
 夕食をとっている間も、何も知らない落合と三人でいるのが居たたまれず、半分も喉を通らず早々に部屋へ引き上げてしまった。
 刻一刻と別れの時が近づいているのだから、清志郎とだってもっと一緒にいるべきだし、良くしてくれた梅子徳一夫婦にだって、何かしてあげたいと思うのに、本人たちを前にすると悲しい気持ちが先に立っていられなくなる。
 火鉢に当たりながらぼうっとしていると、梅子が葛根湯(かっこんとう)と生姜湯を持って来た。風邪は引いてないと首を傾げると、徳一から具合が悪いのではないかと聞いたから持って来たのだと言った。
 予防のためだと言われても、どちらも苦手な隆は顔をしかめて渋々受け取ると、梅子は「温かくしておやすみください」と笑いながら言った。
 彼らは隆の様子がおかしいと家族のように気を揉んだ。死んだ息子を重ねている彼らの前から、自分が消えたらどうなるのだろうと気になった。
「ねぇ、梅子さん、もし俺が…未来、自分の、本当の家に戻ったら……」
 言いながら、そんな事を聞かれても困るだろうと気がついて、途中で口を噤んだ。梅子は驚いて一瞬悲しそうな表情をしたが、納得したように頷いてすぐに笑顔になった。
「どこへお行きになられても、坊ちゃんが元気でお過ごしでしたら、私どもは言う事無しでざいますよ」
 笑顔で下がって行く梅子を見送りながら、清志郎に言われた言葉を反芻した。
『……元気に生きているのだと思えたら、悲しみの先に希望がもてる』
 帰るしかないのだ。覚悟とは言えないまでも、少しだけ気持ちが固まった気がした。

 午後十時を回ると隆は落合の部屋へ行った。
 部屋の灯りは既に落とされていて、布団に入っていた落合は、枕元の電気スタンドの灯りで本を読んでいた。隆を見ると布団の端を捲って入って来るよう促した。隣りに潜り込むと、落合は向き合って隆の頬を両手で擦りながら聞いた。
「具合悪そうだったから、今日は一人で休むのかと思った。大丈夫か?」
「どこも悪くないよ。大丈夫」と微笑むと、落合が額にちゅっと口づけた。そのまま眠ろうと思っていたらしく、落合が電気スタンドのスイッチを切ろうとしたので、「消さないで」と頼んだ。
「まだ、寝ないのか?」と聞くので、隆は自分から落合唇に吸い付いて意思表示した。
「具合悪くないから……」
 みなまでは言わず、落合の顔に頬をすり寄せた。落合は隆があからさまに誘うのを嫌う。口に出して言えない分、自然と猫のように甘える仕草を身につけてしまった。
 落合は隆の首筋を撫でるとそのまま頭を掴むようにして支え、至近距離で見つめ合った。蕩けるような甘い笑顔を浮かべる落合の顔を、ずっとずっと覚えていようと、隆は潤む瞳を凝らし続けた。
 涙がこぼれそうになって目を閉じると、唇を塞がれた。唇を嘗められ、うすく開くと優しく忍び込んで来た。舌を絡め取られ、「んっ…」と喉を鳴らすと、落合は火が点いたように性急になった。
 器用に帯を解いて浴衣を剥ぐと、大きな熱い手で隆の皮膚を余す所なく撫で回した。感じて隆起(りゅうき)した胸の飾りを、更に硬く尖らせるために、舌で執拗に舐め回し、胸にも腹にもきつく吸い付いて、もう隠す必要はないのだとばかりに、つけたいだけ印を残した。
 落合は楽しむように愛撫を続けながら、指に布海苔と隆の先走りをつけて、後ろの窄まりに差し入れた。指はそのまま何の抵抗もなく飲み込まれ、落合は眉根を寄せて隆の顔を見た。
「自分で、したのか?」
「…うっ…ん……」
 不満そうに訊かれ、喘ぎとも返事ともつかない声で返事をした。
 毎日愛される身体は敏感に成長し、慣らすための指の動きだけで射精してしまうくらいだ。なのに、落合は充分解れるまで挿入しないから、隆だけ延々と啼(な)かされる事になる。
 途中から朦朧として、そのまま気を失うように眠るのがいつものパターンで、夜の営みで余韻に浸りながら寝物語をした記憶は、挿入するようになってからは一度もない。
 今日で最後なのだから、ゆっくり味わうようにしたかった。だから風呂場で清めながら自分で解したのだと説明すると、落合はすまなそうに「ごめんな」と謝った。
「しつこくして、悪かった。俺が留守の間、お前が俺を忘れられないようにしたかった。俺でなければ、満足できないくらい……ごめんな。独り善がりだった」
「ううん、謝らないでよ。責めるとかそんなんじゃなくて、今日はゆっくり…したいだけだから……」
 自分の身体はもう充分、落合を覚えている。他の男とやったって、きっと満足しないだろう。でも、もっと忘れられないように、この先自分で慰めても、落合の全部を思い出せるように、落合の達く姿を目に焼きつけたい。
 言いながらきゅっと尻に力を込めて、先を促すように落合の指を締め付けた。落合は苦笑して指を出し入れし始めた。すぐに窄まりは柔らかく解れ、隆の足を抱え上げた落合は、柔らかくとろけた入り口に切っ先を宛てがった。
 いつもより焦らされなかったのに、隆のそこは今にも弾けそうに凝(しこ)っていた。あんなに愁傷に謝ったくせに、落合は感じる一点をわざと掠めるように指を動かしていた。文句は言わなかったが、ちょっと意地悪だと思った。
「入れるぞ」
 隆は頷いて力を抜くと落合を見つめた。落合のそれがゆっくりと侵入し、最も神経が集中している入り口が、じんわり押し広げられる感じが堪らずに、目をつぶってしまった。
 自然と腰が揺れてしまう。自分から求めるように腰を突き出すと一気に最奥まで貫かれ、隆は仰け反って悲鳴を上げた。それを抑えるように唇を塞がれ、舌を絡めとられる。下半身をゆるく揺すられただけで、すぐに絶頂感が訪れた。助けを求めて落合の首筋に縋ると、落合は唇を離して隆の耳元で囁いた。
「好きだよ、隆。お前が可愛くてたまらない……」
 言われた瞬間、背筋に痺れを感じて反射的に尻が締まった。くっと蠕動(ぜんどう)する襞(ひだ)の動きに落合が呻き、快感を追うように小刻みに腰を突き入れたから、隆のそこから貝が潮を噴くように白濁が飛び散った。
「…あっ、あっ……」
「ああ、すごいな…。無理かと思ってたけど、後ろで達けるようになれたね。言葉に感じちゃったなんて、お前は、本当に可愛いね」
 ふっ、と嬉しそうに笑って隆の頬にキスを落とすと、まだまだ絶頂の兆しのない一物を、ゆっくりと出し入れしながら、余韻にヒクつく粘膜を擦り上げた。
「やぁっ、あぁ〜〜……」
 射精しても前立腺が圧迫され続けているから、勃ったままの雄しべの先から白い蜜があふれ出す。けれど、扱かれていないから中途半端に残った感じが堪らず、我慢できずに自分の手を添えると、その手を取られて腰の脇で拘束された。
「もう少しだけ、このまま我慢して……」
 先ほどまでとはまるで違う、興奮に上擦った落合の声に薄く目を開くと、熱に浮かされたような表情(かお)が目に入った。ああ、こんな表情(かお)で自分を抱くのだと思った。
 自由になる手でその頬を撫でた。落合は欲情に塗(まみ)れた艶めかしい顔のまま、愛しげに隆の顔を見つめ返した。
 夢の中で見た事がある。髪も目も黒々と輝いて、少し異国の血が混ざったような、精悍で男らしい、恋人の顔。忘れない。絶対に忘れない。
「好き……」
 ぽつりと呟くと、窄まりを貫く熱い塊が膨張した。
「もっと、言ってくれ……」
 嬉しそうに囁かれ、隆は「……すき……すき……」とうわ言のように言い続けた。落合はそれに合わせるように腰を打ち付けた。
「あぁ…イクッ……」
 落合は呻くと、隆の雄蕊を握って漸く待ち望んだ刺激を与えた。
 残りを絞り出されるように吐精すると、切望した絶頂感に恍惚として下半身が痙攣した。襞がきゅっと収縮し、呑み込んだ落合のものを味わうように蠕動した。
 その圧迫感を待っていたように、落合は大きく腰をスライドさせ隆の中へ白濁を注ぎ込んだ。
「あぁ……」
 落合は満足げな吐息を漏らし、挿れたまま隆の上で弛緩した。
「どうだった…?」
 隆の喉元に唇をつけて、整わない息のまま落合が聞いた。
「…ん、きもち、い…い……」
 鈍い快感が持続したまま愛されるのは、何度も射精するのと同じくらい消耗したが、まだ少し足りない気もした。じわじわ来る半身の疼きに、これが余韻というヤツだろうかと思っていると、「まだ、足んないんだろう?」と言われた。
「えっ?」
 どうして分かるのだろうと目を見開いた。落合はくすくす笑いながら隆の鎖骨を甘噛みした。
「……内側(なか)、まだ物欲しそうに動いてるし、俺が、そう仕込んだんだから、わかる……」
 そう言うと身体を起こし、再び腰を緩慢(かんまん)に揺すり始めた。
「あっ…ん……」
 揺れる身体を落合の首に腕を回して支えた。落合はそのまま引っ張られるように顔を寄せ、柔らかく口づけた。
「すぐに帰って来る」
 もう一度、誓うように口づけてから、言い聞かせるように囁いた。
「だから、寂しくても、良い子で待ってるんだぞ」
 隆は、罪悪感に喉が塞がれ声が出なかった。約束したのに、自分は……。
 言葉の代わりに涙があふれた。ここにいたい。待っていたい。でも、口にすれば嘘になる。だから、心の中でだけ答えた。
『待ってる…』
 目を閉じて、何度も何度も頷くと、目尻に唇が触れて「約束だ」と声がした。隆はただ、頷く事しか出来なかった。

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