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 夢の中 [5]

※ 性描写があります。18歳未満の方はお読みにならないでください。

 師走に入るとすぐ、世界を揺るがす大きな出来事があった。
 大東亜戦争(※ 戦後、太平洋戦争と呼ばれる)が始まったのだ。第二次世界大戦は既に昭和十四年から始まっていたが、日本がアメリカ、イギリスと本格的な戦闘状態に入ったのは、ハワイの真珠湾を攻撃した昭和十六年十二月八日からだった。
「いよいよか……」
 落合も清志郎も深刻な面持ちで、ラジオから流れる臨時ニュースに聞き入っていたが、隆にはテレビドラマで聞き覚えのある「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます……」という少し甲高いアナウンサーの声と、固い表情で腕組みしている二人の青年の姿が、まるでそのドラマの一コマのようで現実の出来事と思えなかった。
 しかし、その開戦の知らせは遂に隆の生活に陰を落とした。落合が推薦してくれた美校の教授に連れられ、従軍画家協会の壮行会や陸軍省への挨拶回りなどで、朝から晩まで家を空ける事が多くなったのだ。一緒にいられる時間が激減し、連日のように師走の街へ出掛ける落合を見送りながら、隆は焦りを募らせた。
 こちらに来て早々、落合と互いの気持ちを確かめ合いキスを交わし、隆は自分のものだと宣言され喜んだのも束の間、絶対に清志郎に知られてはならないと、以前のように人前で触れてくる事はなくなった。その上、隆自身もこの時代で暮す算段をつけるのに必死だったし、慣れたと思ったら体調をくずしてしまうしで、キスから先の恋人らしい行為には一向に進めないままだった。
 もちろん、落合は隆に優しかったし、開戦のニュースが入る少し前、二人きりで過ごせる時間を作ろうと、隆の絵を描く約束をわざと清志郎の目の前で交わしてくれたが、忙しくなってしまったせいで、まだスケッチしかしていない。
 一緒に居られるのはあと二ヶ月もないのに、時間は日一日と無為に流れて行った。
 このまま離ればなれになるのは堪らなかった。自分はきっと、落合に会うためにこの時代に来た筈なのに…。こうなったら、夜這するしかない!
 隆は自分から行動を起こす事に決めた。今夜にでも落合の部屋を訪ねよう。そう決心すると、ざわざわと波立つ心が少しだけ落ち着いた。
 テレビのないこの時代、夜はとても静かだ。片桐の家も十時には屋敷中が寝静まる。燃料を浪費しないため、早く休むようにしているのだ。けれど、隆は落合が十二時まで絵を描いているのを知っていた。出発ギリギリまで挿絵の仕事を入れていたからだ。
 隆は綿がたっぷり入った丹前をずるずるお引きずりしながら、そっと落合の部屋を訪ねた。
「……洋さん、隆です。起きてる?」
 別棟で休んでいる清志郎のところまで声が届く筈はないのに、気遣いながら小さな声で尋ねた。襖の隙間から灯りが漏れているのに何の返答も無く、気づかないのかしらともう一度声をかけようとしたら、スッと襖が開いて驚いた顔の落合が出て来た。まだ灯火管制は出されていないから、電気に暗幕などつけていない。眩しくて目を細めると腕を取られて部屋の中へ入った。
「どうした? こんな時間に」
 夜這に来たと思い及ばない落合の、普通過ぎる反応に少し腹が立つ。
「寒くて、眠れない」
 言いながら丹前の前を掻き合わせると「ああ…」と言って、すぐに火鉢の前に座らされた。
「もう、また素足で歩き回って……」
 落合は霜焼けができた隆の足を擦ってマッサージしてくれた。隆は平成ならば無縁だと思っていた冬の季節病を患ってしまっていた。この時代の暖房器具は貧弱すぎるし、建物自体も隙間があるのかとても寒かった。霜焼けは患部を温めると痒くなるが、そのままも辛い。だから寒くて眠れないのは本当で、最近の悩みだった。
「寒いから、一緒に寝ていい?」
 マッサージを続ける落合に一応お伺いを立てると、落合は手を止めてしばらく考え込んでいたが、「いいよ」と頷いて隆に先に布団に入っているようにと言った。それから絵の具を洗うために筆洗を持って部屋を出て行き、しばらく戻って来なかった。
 戻って来た落合は洗顔や歯磨きもして来たようで、前髪が少し濡れていた。この間、床屋でばっさり髪を切ってきたので、初めて会った時よりも更に精悍な感じになった。入隊する訳ではないので丸坊主にはしていない。理由は絶壁頭で恥ずかしいからと言っていたが、徳一に「長過ぎますよ」と注意されて悄気(しょげ)ていたのがおかしかった。
「今日は一段と冷えるな……」
 呟きながら落合は鉄瓶のお湯を湯たんぽに移し、布に巻いて隆の足元に入れた。それから火鉢の炭に灰ならしで丁寧に灰をかけ、浴衣に着替えると電気を消して布団に入って来た。
 隆は待ちきれない気持ちで落合の動作を眺めていたが、抱きつこうとした隆より早く、落合が背中から隆を包むように抱きしめた。
「お前、手、冷たいな〜」
 落合は大げさに驚いて両手で隆の手を握り擦り合わせる。足も絡められ、器用に湯たんぽと自分の足の間に隆の足を挟み込む。そうして全身が落合の熱に包まれると、寒さと夜這に来た緊張感で張りつめた身体から一気に力が抜けた。温(ぬく)もる心地良さにじっとしていると、寝不足も手伝ってこのまま寝てしまいそうだった。
「昼間、清志郎とはどんな話をしてるんだ?」
 不意に聞かれて、隆の脳裏に不愉快なフレーズが浮かんでムッとした。
「どんなって…怒られてばっかりだよ」
 最近は新聞を音読させられているが、つっかえると二言目には「馬鹿!」と繰り返される。確かに物覚えは良い方ではないが、初めて見る漢字が多いのだから読み間違えても仕方ないじゃないか。そう悪態を吐くと、「確かにあいつは口が悪いよな」と落合も苦笑いした。
「よくあれで、お客さん商売なんてやってられると思う」
「ああ、あれは商売だなんて思ってないから勤まるんだよ。あいつは頭が固くて嘘がつけない性格だから、商売人には向いてない。それは本人も自覚してるからあっさり家業を捨てちまった。けど、骨董の馴染み客からは信用されてるみたいだよ。扱う商品についてはよく勉強しているし、それに何より根は良いヤツだからね」
 それは分かっている。辛辣で思った事を口にするが、詰(なじ)りながらも一生懸命教えてくれる清志郎は、従兄弟の祐輔とそっくりだ。だから口で言うほど嫌ではないのだ。ただ、キツさは祐輔の二割り増しだ。
「どうして、そんな事を訊くの?」
 二人っきりでいるのに、どうして清志郎の話なんてするのだろうと気になった。以前、自分が清志郎を嫌いなのかと訊いたのを、まだ気にしているのだろうか。
「うん…別に。意味はないけど……」
 落合は言葉を濁して黙り込んでしまい、気詰まりな空気が流れた。隆は慌てた。自分は夜這に来たというのに、それらしいムードになるどころか、気まずくなってどうするんだ。
 隆は擦り続けてくれる落合の手に口づけた。思い切ってそのまま指に舌を這わせ、張り出した大きな間接の骨に歯を立てた。
 落合は「ちょっと、隆?」と戸惑った声を上げ、「そんな事されたら、眠れないだろう!」と抗議した。
「眠るつもりないもん」
 振り向きざま上目遣いに「触ってほしい…」と懇願すると、落合は息を呑んで固まった。月が出ているらしく、障子を通して薄青い光の帯が落合の驚く顔を浮かび上がらせる。
「大胆…だな。た、隆は、こういうの初めてって、言ってなかったか?」
 清志郎だったら青筋立てて「はしたない!」と怒鳴りつけられたかもしれないが、落合の場合は恥じらうように上擦った声を上げた。
「初めてだよ。夢の中では何度もしたけど……」
「だっ、誰と!?」
「洋さんに、決まってる」
「えっ? あっ、…ああ……夢の中の話ね……」
 ほっとしたようなため息を吐く落合に業を煮やし、隆は向き合うように身体を反転させ、ぎゅっと首筋にしがみついた。
「そうだよ、夢の中の話だよ! でも、それがこうして本当の洋さんに会えたんじゃないか! なのに、まだキスしかしてないよ? 出発までもう二ヶ月もないんだよ? 絵だってまだ描いてくれてないじゃない!」
 こうして、触れれば熱い血潮を感じられること自体、きっと奇跡みたいな出来事なのだ。未来を知っていたとしても、落合がこの先どうなるか知らない隆にとって、その行く末は自分のこと以上に心配だった。
「……絵は、描くよ。出版社に挿絵を届けたら、しばらく出かける用事はないし、俺も隆の絵は仕上げたい」
 隆の身体を逞しい腕で抱き返しながら、落合は自分自身に言い聞かせるように言った。
「絵だけじゃなくて! エッチな事もしてよ!」
 この期(ご)に及んでまだ逃げ腰の落合に逃げ道を断つように迫ると、「エッチ、って…」と絶句したあと、落合の身体は発熱したように熱くなった。
「お前は……もう! 我慢している俺の身にもなれ! やたらに触れたら、最後までしたくなるに決まってるだろうが!」
 声を殺しながらも一気に巻くし立てると、息が切れたのか一度大きく深呼吸してから隆の頭を軽く小突いた。
「あのなあ、性交のことなら、したいのは…やまやま、なんだよ! でも、お前に怪我させたくない……」
 男同士の性交は、解すのに通和散(つうわさん)がないと出来ないと言う。通和散とは潤滑剤の事で、遊郭の集まる場所へ行けば手に入るが、今は時期が時期だけにあるかどうか定かでない。やってやれない事はないが、「痛い思いをさせたくない」と落合は首を振った。
 隆の脳裏にネットで見たAVビデオの一場面が浮かんだ。確かに潤滑剤を使っていたが、あれって何かに似ていないだろうか。そうだ……。
「布海苔…」
「えっ?」
「髪洗う時に使う布海苔だよ! あれ、そっくりじゃない?」
 そっくりどころか、そのものに思える。代用出来るよねと落合に迫ると、「そりゃ、まあ…」と言ったあと、また絶句して顔を隠すように隆の肩に顔を埋めた。
「ねっ? じゃあ、できるよね?!」
 今日の昼間、洗髪だけした時に使った残りを部屋に取りに行こうと、喜々として身体を起こしかけると、ぎゅっと落合にしがみつかれて止められた。
「また、あ、明日な……」
「な、なんで?」
 今夜するために入浴した際にうしろも奇麗にしたのだ。明日じゃ風呂は湧かしてもらえない。明日なんて待ってられない!
「夜は、寒いだろ? また、風邪ひくかも……」
「じゃあ、昼間ならいいの!?」
 しつこく食い下がると、肩先で落合が昼間は清志郎が…とかごにょごにょ囁いた。隆は落合の意気地のなさに呆れて腹が立ったが、逆に腹が据わって大胆になった。
「じゃあ、約束ね。明日の昼間、最後までしてね!」
 そう耳元で囁くと、そのまま耳に噛みついて、ペロペロと耳たぶを舐めた。隆の挑発に落合はばっと身を起こし、暗がりでも分かるほど真っ赤になって隆を見た。隆は待ってましたとばかりに落合に抱きつくと、唇に吸い付いてちゅっ、ちゅっと、わざと音を立てて何度もキスを繰り返した。
 慌てふためいて完全に身体を起こした落合膝の上に乗り上げて、隆は落合の手を取ると自分の昂りに触らせた。
「このままじゃ、眠れないもの……」
 下着を付けていないから、裾を割ったそこに落合の手が直に触れている。誰より熱い落合の掌がゆっくり隆を握りしめた。
 何度も夢に見ながら初めて感じた恋人の手の感触に、そうさせた隆自身が興奮して、どうにかしてと上目遣いで落合を見つめると、ごくっと音をさせて落合の喉仏が上下した。
 すごく、男らしい……。吸い寄せられるように喉ばかり見ていたら、落合が何事が呟いた。はっとして口元を見た瞬間に、隆は仰向けに押し倒され、握られた先端を撫で回されていた。
「んっ、あっ、あぁっ……」
 自分以外の手で扱かれる目も眩むような快感に、思わず悲鳴に近い喘ぎ声を上げると口を塞ぐようにキスされた。
 開いた唇からすぐに舌が入って来て、怖じけた舌を絡め取られる。これも初めてではないけれど、はっきり感じる強い刺激に腰が砕けてしまう。
「…ん…んっ……」
 息苦しさと強過ぎる快感に音を上げて呻いたのに、更に激しく扱き上げられて隆はあっけなく放ってしまった。脱力するとすぐに唇は離れていき、荒く息を吐く耳元で「気が済んだか?」と素っ気なく聞かれた。ここに来てようやく、隆は落合が怒っているのに気がついた。
「洋さん、怒ってる…?」
 自分一人で舞い上がっていた恥ずかしさに、胸がきりきりと締め付けられた。清志郎のいる一つ屋根の下で解放を迎えた後ろめたさもあって、自然と涙がこぼれて鼻を啜ると、落合が困ったような声で「大人をからかうからだ」とため息を吐いた。
 憮然とした様子で飛沫を始末している落合に、そんなつもりはなかったと言い訳したかったが、余計怒らせてしまいそうで黙って鼻を啜っていると、落合は隆の乱れた裾を奇麗に直してから隣りに横になり、隆の身体をぐっと抱き寄せた。
「時間がないのは事実だけど、大事にしたいんだよ……」
 優しく頭を撫でられて、だから蓮(はす)っ葉な事はするなと嗜(たしな)められたが、意味がよく分からなかった。それでも大人しく「ごめんなさい」と謝ると、「お前、やっぱり初めてなんだな」と安心したように囁いた。「うん…」と頷いたものの、隆には何がやっぱりなのかも分からなかった。
 静かに怒る落合は清志郎より怖いかもしれないと思いつつ、怒りが解けたのにほっとして温かい胸に顔を埋めると、安堵と射精後の気怠さですぐに眠気が訪れた。
「おやすみ…」と声をかけられたのは聞こえたが、返事をしたかどうか分からないうちに、隆の意識は薄れていった。

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