INDEX NOVEL

霙の降る夜に 〈 おまけ 〉

※ 性描写があります。18歳未満の方はお読みにならないでください。

 どうしてこんな事になっているのか…と思う。一ノ瀬くんと付き合いはじめて…否、迫られはじめてからずっとそう思っている。考えても考えても、答えは見つからない。そんな事は分かっている。
 自由にならない四肢を動かす努力は随分前に放棄した。けれど、思い巡らす事は止められない。でないと、自分の頭の中すら自分のものではなくなってしまいそうだったからだ。
「やっ、もう…あっ…」
「駄目です。あとちょっとだから、我慢して」
 優しい声音ではあったけど、決然と突っぱねるような言い方だった。怒っているのは分かっているが、俺だって怒っている。なのに、しつこい愛撫に慣らされて力が抜けてしまった身体では、止めさせる事も拒む事も出来なかった。
 動きを止めていた一ノ瀬くんの指が、また俺の身体の中でゆっくりと動き出す。自分では分からないけれど、四本入っているらしい。とても信じられないけど、事実なのは分かる。普段は意識しない場所がすごい圧迫感に疼いているからだ。はっきり言って苦しい。なのに、身体は興奮していて今にも意識が飛んでしまいそうなほど昂ぶっていた。
「やっ、だ、め…。出る、からぁ…」
 お尻を弄られているのに、前が張り詰めてどう仕様もない。すぐにも弾けてしまいそうで、指を動かさないで欲しかった。殆ど毎晩のように施されている行為ではあったけれど、自分だけイカされるのは正直苦痛だった。
「いいですよ…」と一ノ瀬くんは少し掠れた声で囁くと、抱えていた俺の身体を横たえた。予想と違ってあっさりと承諾されて力が抜ける。けれど、そのあと思いも寄らない行動に出られた。一ノ瀬くんは後ろに指を入れたまま、今にも弾けそうな俺の一物を口に銜えたのだ。
「ひっ!」
 俺は悲鳴を上げた。吃驚したんだ。だってこの一ヶ月、お尻の方にはそれこそ変態じゃないかと思うほど色んな行為をされたけど、前に対しては弄ったり扱かれたりしても、やはり元がノーマル嗜好だからか、それ以上の行為をされた事はなかった。
 彼の頭を押さえて止めさせようとしたけれど、離すどころか激しく吸い上げられて、あっと言う間に彼の口の中に放ってしまった。
 頭の中が真っ白になった。急激に追い上げられて落ちるような浮遊感。息を詰めたあとの疲労感すら気持ち良かった。俺は女性とは未経験だったから、本当の感触なんて知らないのだけど、熱くて柔らかい腔内の粘膜が纏わり付く感触は、きっと女性の中にいるのと同じ感じではないだろうか。
 俺がそんな事を考えて小さく喘ぎながらぼうっとしていると、萎えはじめたそこが急に寒くなった。焦点の定まらない目で股間の辺りに目を遣ると、口を離した一ノ瀬くんが上体を起こしたところだった。彼は俺の中に入れたままの指を動かして一番弱い部分を擦り上げた。
「やぁっ! やめっ、ろ…」
 殆ど悲鳴に近い大声を上げた。はっと口を押さえて目を剥くと見慣れない天井の色が見えて、ここが俺の部屋じゃない事を思い出した。ほっとすると同時にゾクゾクとした震えが走り生理的な涙が流れた。数日前に見つけられた前立腺。再び同じ場所を弄られて今度こそ悲鳴を上げて身を捩った。達したばかりだと言うのに猛烈な射精感に襲われる。見えないけれど、また勃起しかけているのが自分でも分かった。こんな激しい快感は初めて経験するもので、過ぎる刺激に涙が溢れた。
「もう…我慢できそうにない」
 一ノ瀬くんは俺の精液で濡れた口の端を舌で拭うと、欲情に染まった眼差しで俺の顔を覗き込みながら囁いた。俺は無意識に首を振った。今日は彼の誕生日の前日だった。約束の日は明日。
「まだ早い? うん…。でもあと五分もすれば日付が変わるから、約束通りだよ…」
 憑かれたような顔で呟く一ノ瀬くんが怖かった。今まで何をされても怖いとまでは思わなかった。なかなか言う事を聞いてはくれないけれど、必ず何処かで退いてくれたから。それに、今の一ノ瀬くんはいつもと違う。こんな状態で、蟠りがあるまま繋がってしまうのは嫌だった。
 どうしてこんな事になったのだろうと思う。霞がかかった頭の隅で記憶を浚えば、ザッと音を立てて夕方の出来事が蘇り、羞恥と怒りで身体が震えた。
「や、め、ろ、よ!!」
 一ノ瀬くんの手に取られ折り曲げらた足を、思いっきり彼に向かって突き出した。足の裏が的確に彼の腹に入った感触を感じた時には、一ノ瀬くんの姿は視界の中から消えていた。

 勝手の分からない台所でお湯を沸かし、紅茶を入れて部屋に戻った。一ノ瀬くんはとても高校生が使うものとは思えない上等なキングサイズのベッドの上で、毛布をぐるぐる巻きにして蓑虫みたいに丸まっていた。
 俺は一ノ瀬くんを蹴り上げてベッドから転がり落とした後、力が入らず震える身体に鞭打って浴室へ駆け込み、頭から熱いお湯を浴びて体中を擦った。下腹部に集まった熱はなかなか下がらなかったけど、気持ちの方は何とか落ち着かせる事が出来た。とにかく、互いの蟠りを解消しないままなし崩しに先に進むのが嫌だった。
 ずっと流されたままだった自分が悪かったのだと反省し、彼と話をしようと思いながら出てくれば、一ノ瀬くんは今のような状態で俺を拒絶していた。俺は気が抜けて、お腹が減っていたのを思い出した。俺も彼もまだ夕飯を食べていなかった。
 彼のバスローブを借りて台所を物色したが、コーヒーの在り処は分からなかった。仕方なく戸棚にあった紅茶を入れて、一緒に棚に置いてあったビスケットを持って戻って来ても、一ノ瀬くんは同じ格好のままだった。
 俺はため息を吐いてホットカーペットの上に腰を下ろした。「紅茶入れたよ」と断って一口啜ってからビスケットを食べた。暖房の効いた部屋は寒くはなかったが、お腹の中が温まって芯からほっとした気分になった。一ノ瀬くんの腹具合が気になって、「冷めるよ」と声をかけたけど反応はない。俺はその丸まった背中を見ながら今日一日の出来事を反芻した。
 今日は土曜日で、本来ならアルバイトのない日だった。けれど、ここ一週間ほどはずっとバイトを入れていた。事務の原田さんの小学生の息子が、俺がなったのと同じ型のインフルエンザにかかり、看病で事務所を休んでいたからだ。それでも、俺が毎日行く必要はなかったが、どんどんエスカレートして行く一ノ瀬くんの行為が怖くて、渡りに船と引き受けたのだ。
 俺は彼から逃げ出したかった。だって、借りてきたDVDを見ていても、まったり昼寝をしていても、彼の手が不埒な行為を仕掛けてきて気が気じゃないのだ。それが付き合いだしたばかりの恋人同士だと言われても、交際自体が初めてな上に奥手な俺は、その手の行為に全く免疫がなかったから、一ノ瀬くんのベタベタ振りはしつこいとしか言いようがない。
 一年以上前にされたキスにすら戦いていた俺は、彼の気持ちを受け入れた時、徐々にゆっくり教えろと約束させた。彼は確かに約束を守ってくれて、優しいキスからはじめてくれた。そうした訓練の賜か、今では舌を絡ませるキスにだって何とか応えられるようになった。
 だけど、一ノ瀬くんは意地悪で策士だから当然代償があって、キスなんかで戦いているどころじゃなかった。夜ごと行為に慣らすためと称して、得体の知れない道具を使ってお尻を開発されているのだ。この一歩間違えればアブノーマルな行為を…俺は百歩譲って耐える事にしたんだ。『当日痛い思いをしないため』と言われたけど、それが男を受け入れる事のリスクだと思えば仕方がないと思うし。だから、これで昼間のベタベタを許してしまうと、のべつ幕無しそればっかりじゃないか!
 本心を隠し、毎日アルバイトを入れた事を人助けのためだと強調して説明すると、彼はいつもの片眉を上げる表情を作って「仕方ありませんね…」と言ってくれた。だけど、決して納得していた訳じゃなかったらしく、今日も出かける準備をしている俺を見て露骨に嫌な顔をした。
「今日は土曜でしょう?」と怪訝そうな一ノ瀬くんに、「あそこの定休日は日曜と水曜なんだよ」と何食わぬ顔で答えたけど、「今までは出てなかったじゃないですか!」と食ってかかられた。
「今日はもう一人お休みなんだって。なのに土曜だから、お客さんが多いみたいなんだよ。来年、俺、あそこに就職するつもりだから、頼まれたら断れないだろ?」
 これは事実で、社長からも内定を貰っているし、両親にもそう報告してある。二人は、お前の決めた事ならと喜んでくれたけど、一ノ瀬くんは何故か愕然とした顔で俺を見詰め「そこに就職するメリットって…何かあるんですか?」と疑わしげな顔をして聞いてきた。
「メリットって?」
「給料が良いとか、将来性があるとか…?」
「う〜ん…それは、ない。でも、働いていて楽しい。みんな良い人だから社内の雰囲気も良いし、何より社長が素敵なんだよね。俺、憧れてるんだ。凄く…」
 今思えば、多分この台詞が不味かったのかも知れない。彼は嫉妬深いんだ。どうして俺なんかに…と思うけど、未だに山崎さんの事を俺の初恋の人だと誤解しているみたいだし。
 一ノ瀬くんは不機嫌な顔をして黙りこくっていたが、俺が出かける間際になって「明日、ちゃんと俺の部屋に来てくれますよね」と不安そうに聞いてきた。俺は安心させようと、「勿論、行くよ」と笑いかけると嬉しそうに頷いたから、まさか、あんな事になるとは思わなかったんだ。

 夕方、最後の客が帰った後だった。テーブルを片付けているとチャイムが鳴って、俺は先刻の客が忘れ物でもしたのかと思った。だから覗き穴で来訪者を確かめる事もせず玄関ドアを開けた。すっと入って来た長身の男は、客ではなくて俺の見知った顔だった。
「ど、どうして?」と言うのが精一杯の俺に、「待ちきれなくて、迎えに来ました」と切れ長の瞳を細めて微笑まれ、俺は思わず見惚れながらも内心でたじろいだ。一体、何しに来たんだろう?
「どうした? お客さんかい?」
 茫然と長身の一ノ瀬くんを見上げていた俺は、後ろから聞こえた社長の声に呪縛から解かれたように飛び上がった。慌てて「あっ、ち、違います!」と背後へ向かって声をかけたが、衝立の向こうからすぐに社長が出て来てしまった。
「友だち?」と首を傾げる社長に向き直ると、俺は一ノ瀬くんを背中で隠すようにして「そうです! すみません、すぐ帰します!」と早口で答え、彼を押し出すように後ずさり玄関のドアノブを後ろ手に探った。
 ところが何を思ったか、一ノ瀬くんはその俺の手を掴むと、更に俺の身体を後ろから抱き込んで、「はい、一ノ瀬純といいます。佐藤さんとお付き合いさせて頂いてます。以後、お見知りおきください」と挑戦的な声音で言い放った。
「えっ?」と言って、社長は驚愕に目を見開いて俺と一ノ瀬くんを交互に見遣った。俺はと言えば、あまりの展開について行けず頭が真っ白になってしまい、ただ茫然と社長の姿を見詰めていた。
 どれぐらいそうしていたか分からない。多分、三十秒も経っていないと思うけど俺には随分長く感じた。突然、社長が前屈みになると膝を打って笑い出した。
「あははは! そうか! き、君が佐藤くんのっ! こ、恋人なんだ! あっはぁ! これは、また…いや、いやいや…聞いていた通りの…、全くその通りの子だね!」
 ゲラゲラと腹を抱えて笑いながら切れ切れに言われた内容に、俺はあの霙の降る夜に社長に聞かせた喩え話の相手が、一ノ瀬くんだとばれてしまったのが分かった。俺は羞恥で真っ赤になりながら背後の一ノ瀬くんを振り仰いで睨んだが、彼は俺など眼中になくて、射るような目で社長を睨め付けていた。
「何が、そんなに可笑しいんですか? 失礼な人だな!」
「ちょっと!」
 突然押しかけてとんでもない事をほざいておいて、失礼なのはどっちだと振り返ろうとしたけれど、がっちり抱え込まれて動けない。余計に腹が立って肘鉄を食らわそうかと思った時、「ああ、否、済まなかったね…」と笑いを収めながら社長が謝った。
「以前、君の事を佐藤くんから相談されたからさ。どんな子かな、と思ったら、まあ、君みたいな生意気な餓鬼だとはね。君が知らないのは当然だろうけど、俺はその時、君の後押しをしてやったんだぜ? だから、君にそんな風に挑戦的に挑まれる謂われはないんだけどね…。そんなんじゃ、撤回しようかなぁ。佐藤くん、やっぱり止めた方がいいわ」
「何ですって?」と一ノ瀬くんが俺を抱く腕に力を込めて怒鳴った。社長はもう笑ってはいなかった。
「だって、そうだろう? たまたま、もうここには俺しかいないけど、普段は他にも社員がいるんだ。君は男同士で付き合う事を何とも思っていないようだけど、そんな人間ばかりじゃないんだぞ。俺は彼から君の事を聞いていたし、彼が悩んでいた事も知っている。それに、俺自身は他人がホモでもレズでも何とも思いやしないけど、もし、事情が一切理解出来ないガチガチの保守的な人種なら、佐藤くんをクビにするかもしれないし、内定だって取り消すかもしれない。君は佐藤くんが好きなんだろう? 何故、彼が不利になるような事をする? まあ、大体見当はつくけど、そんな子どもっぽい浅はかな君に、佐藤くんは勿体ない。ねぇ、佐藤くん、彼なんか止して俺にしないか?」
 俺は息を呑んで社長を見詰めた。社長は親指でクイクイと自分を指さしながらウインクして見せた。俺にはその仕草で冗談だとすぐに分かったけれど、すっかり挑発された一ノ瀬くんは俺の身体を抱えるようにして玄関を開けると「誰があんたなんかに! この人は俺のものだ!」と喚いて外へ飛び出した。
 俺は殆ど拉致されるようにコートも鞄も置きっぱなしでビルの外へ連れ出され、車道に飛び出して強引に止めたタクシーに押し込まれ、彼のマンションまで連れて来られた。
 勿論俺は怒って、タクシーの中でどうしてあんな事を言ったのか問い詰めたけど、車内では運転手の目があるからあまり突っ込んだ事は訊けなかったし、彼はシートに凭れて黙ったまま前方を睨みつけているだけだった。
 結局、何も分からないままマンションに連れ込まれ、いきなりベッドへ押し倒されて……現在に至る訳だ。

 俺は何度目になるか分からないため息を吐いて、部屋の中を見回した。調度品も立派で分譲マンションのモデルルームみたいに綺麗な部屋だった。とても高校生が一人で住んでいる部屋とは思えない、全く生活感のない落ち着かない部屋だった。一ノ瀬くん自身、ここが好きではないのかも知れない。最近は俺が部屋にいてもいなくても、狭くて汚いアパートに入り浸り半同居状態だった。
 それでも、明日…と言っても、もう今日か。誕生日には俺をここへ招待してくれるつもりだったのだろう。さっき漁った冷蔵庫には、通いの家政婦さんに頼んだものだろうか、シャンパンやらお総菜やらがいっぱい詰められていた。
 俺を欲しいと言った一ノ瀬くん。俺に会うために百日通ってくれた一ノ瀬くん。いつもは冷静で年齢より遙かに大人びて見えるけど、俺の事になると途端に小学生みたいになってしまう一ノ瀬くん。彼は俺に、掛値なしの自分を全てを見せてくれようとするけれど、俺はどうだったんだろう? 
 思わず首を振った。俺は、一ノ瀬くんにちゃんと向き合っていなかった。目先の行為ばかりに気を取られ、彼の気持ちを疎かにしていた。一ノ瀬くんが俺を求めてくれるのは、俺の事が好きだから。では、俺は…?
 俺も、彼が好きだ。そうだ。俺だって、一ノ瀬くんが好きだから、あんな変態行為を許せるのだ。好きだから、彼が社長に俺のものだと宣言した時、死ぬかと思うほどの羞恥を感じながらも、同じくらい死ぬほど嬉しかった…。だったら、きちんと答えなきゃいけないよね。
 俺は床に転がっていた潤滑剤を開けて指に垂らした。一ノ瀬くんは相変わらず蓑虫のまま動かない。だからこそ出来るのだけど、俺は風呂で流してしまった後ろの窄まりに自分で潤滑剤のジェルを塗り込んだ。人間の身体って本当によく出来ていて、あれだけしつこく解されたのに時間が空いたせいか少しきつく感じた。
 ちょっと怖い気がしたけど、指の数を増やしてみる。心配するよりはすんなりと入ってほっとするが、空気が入るせいか濡れた音が響いてビクビクしてしまう。一ノ瀬くんを窺うが、まるで死んだように動かない。俺は息を殺して指を動かす事に集中した。
 充分解れたかどうか自分では分からないが、一ノ瀬くんがずっと動かないままだったから、あまり時間を置いてはそのまま寝てしまうのではないかと焦った。俺は指を引き抜いてはぁっと深呼吸するとテッシュで指を拭い、勢いをつけてベッドの上の一ノ瀬くんに飛び乗った。
「ぐぇっ…」
 男にしたら俺は軽い方だけど、それでも勢いをつけたから重かっただろうし、もちろん驚いたんだろう。一ノ瀬くんはカエルが潰れたような声を出し、慌てて毛布を掻き分けて顔を出した。その焦った顔と言ったら! いつもの憎らしいほど冷静な顔が、驚きも露わにどこか間の抜けた表情をしているのが可笑しくて、俺はしたり顔でケラケラと笑い声を上げた。
「何ですか?」と一ノ瀬くんは少しムッとして俺を睨みつけた。そのちょっと尖らせた唇にチュッと音を立ててキスをした。一ノ瀬くんはまたしても呆気に取られた間抜け面をする。俺はそんな彼が可愛くて、もう一度ゆっくり唇にキスを落とすと「お誕生日、おめでとう」と言って微笑んだ。
 一ノ瀬くんは目を見開いて、それから蕩けるように優しい目をして微笑み返した。綺麗な微笑みだった。俺はこの顔が大好きで、思わず見惚れてしまう。暫くぼうっと見詰め合っていると、不意にバスローブが捲り上げられてお尻を撫でられた。あっと思う間もなく彼の指が俺の窄まりに進入してくる。ジェルに濡れたそこは拒む事なく受け入れる。その状態に聡い一ノ瀬くんは俺の意図など分かってしまったのだろう。ニヤっといやらしく笑うと「貰っていいんですね」と念押しした。
 俺は急激に恥ずかしくなって、さっきの決意はどこへやら、「約束だからね…」と素直じゃないもの言いをしたが、一ノ瀬くんは気にする風もなく「じゃ、遠慮なく」と言って俺の身体を抱いて転がり形勢を逆転した。俺は彼を跨いで乗っていたから、下になった今は大股開きでそれこそ丸出し状態。慌てて足を綴じようとしたが、逆に彼の身体に足を巻き付けるような格好になってしまった。
「大胆ですね」と言って笑う一ノ瀬くんに真っ赤になって首を振ったが、すっかり元通りになった彼は余裕の笑みを浮かべて、俺の中へ入れた指を探るように動かした。自分の指では感じなかった痺れるような快感が駆け抜けて、「あっ」と喘いで仰け反った。透かさずキスされ舌が入ってくる。訓練の成果としか言いようがない条件反射で彼の舌を迎え入れると、激しく絡まれて息が出来なくなる。
「ん、んん…、ふっ、ん…」
 必死で鼻から息を抜くと甘ったるい喘ぎに変わる。俺の声に煽られるのか、俺の太腿に当たっている彼の中心がぐっと固くなったのを感じた。思わずそれに指を伸ばすと、先端がしとどに濡れていた。俺の愛撫に一ノ瀬くんがふるっと震え、嬉しくなってフッと息を抜いて笑うと、一ノ瀬くんは「余裕ですね…」と悔しそうな声を出し、はだけた俺の胸にしゃぶり付いた。
「あっ!…あっ、ん…ふっ、やぁ…ああっ」
 執拗に舌先で小さな乳首を転がされたり、同時に中に入れた指で入口付近を擽られると、震える雄蘂の切っ先から一ノ瀬くんの比ではないくらいの汁が糸を引いて流れ落ちた。体液を排出する刺激にもゾクゾクとして震えが走る。仕方ない。そうなるように全て彼に教え込まれたのだから。
「も、もう…もう、して…」
 切れ切れに懇願した。もうずっと、激しい愛撫ばかりで消耗していた。また一人でイカされたりしたら、本当に気を失ってしまう気がした。
 一ノ瀬くんは乳首を舌先で弄びながら上目遣いで俺を見た。見せつけるように転がして、最後にきつく吸い上げて唇を離した。少し痛くて、さっきから目尻に溜まっていた涙がこぼれ落ちた。
「欲しいのは俺だけかと思ってた…。欲しい?」
 俺の目尻に唇を寄せ涙を吸い取ると、こめかみにキスしながら囁いた。俺はコクコクと頷いて一ノ瀬くんを見詰めた。彼は目を細めると「じゃあ、俺のにゴム着けてくれる? それから名字じゃなくて名前で呼んで? 俺も貴方を名前で呼ぶから…」と、どんどん要求を増やした。ゴムを着けるはいいけれど、名前を呼ぶのは恥ずかしい。しかも、俺の事も名前で呼ぶなんて…。けど、仕方ない。今日一日は彼が王様で、今はプレゼントを履行中なのだ。
 俺が起き上がろうとすると、一ノ瀬くんが身体を支えてくれた。ベッドの端に転がっている箱から一つ取り出して、震える手で天を仰いだ彼の楔にゴムを被せた。人のなんてそうそう間近で見た事もないけど、彼のものはかなり立派だと言える。太さよりも長さがあって、身体の色と同じく白くて綺麗な色だと思った。ゴクッと喉を鳴らすと一ノ瀬くんが小さく笑った。
「美味しそうに見える?」などと馬鹿な事を言うから、俺は思わず真っ赤になって彼を睨みつけた。そんな俺を愛おしげな目をして見詰めながら、一ノ瀬くんは「ミキ、おいで…」と手を伸ばした。俺は益々頭に血が上って羞恥の汗が流れ落ちた。
「ミキは…イヤだ…」
 子どもの頃はみんなにそう呼ばれていた。両親は今でもそう呼ぶが、他の人にそう呼ばれると女みたいで嫌だった。睨め付けて首を振る俺に、一ノ瀬くんは片眉を上げてふ〜んと不満そうな声を漏らした。
「呼ばせてくれないなら、どうしようかな? 朝まで挿入なしで、佐藤さんだけイキっぱなし…ってのに変えてもいいですけど、どうします?」
「やだ!」俺は慌てて首を振って一ノ瀬くんに手を伸ばした。彼は俺の手首を掴むと俺を引き寄せて囁いた。
「じゃあ、ミキって呼ばせて。さあほら、早く俺の上に乗って…」
 彼は俺の尻を叩いて膝の上に跨らせた。俺は怖くて彼の首にしがみつくと、一ノ瀬くんは俺の尻を両手で撫でてからあわいを開かせるようにぐっと掴んだ。
「俺、貴方のお尻好きですよ。筋肉の付き方がすごく綺麗だ。貴方の尻と大きな瞳が涙に潤んで濡れる様を見ると、所構わず欲情しそうになって困った。今日までずっと、必死で我慢してたんだ…。でも、やっと叶う…」
 そう言って、自分の切っ先を俺の菊門に押し当てて「腰、少しずつ降ろして…」と囁いた。俺は涙目で一ノ瀬くんを見た後、唾を飲み込んで覚悟を決めると少しずつ腰を落とした。
 一ノ瀬くんは俺の腰を両手で支えながら、彼の肩にしがみつく俺の耳に「吸って、吐いて」とまるで妊婦に呼吸のタイミングを教える看護士のように呼吸を促す。俺は彼の指導に従いながら徐々に彼の怒張を呑み込んでいった。
 随分前からいろんなもので拡張し慣らしていたせいか、痛み自体は想像していたよりマシだった。それでも、あまり経験した事のない圧迫感に苦しんだ。太いものに貫かれ開いたまま閉じられない状態が怖いと思ってしまうと、呼吸が苦しくなって脈動と一緒に起きる疼きが痛みに変わってしまう。激しく動いている訳でもないのに、全身から汗が吹き出して滴り落ちた。
「力、抜いて。大丈夫だから」と額に流れる汗を拭って繰り返しキスしながら、一ノ瀬くんは俺を励まし続けた。何とか最後まで呑み込んで彼の膝の上に腰を落とすと、長い安堵の息を吐いて彼の首にぎゅっとしがみついた。
「ああ…やっと、一つになれた…」
 一ノ瀬くんはしがみつく俺の背中を撫でながら、感極まったような呟きを漏らした。彼はまだ一度も精を吐き出してはいない。でもその声は充足に満ちていて、俺の胸を切なくした。俺はしがみついていた腕を解いて、一ノ瀬くんの頬を両手に挟んで引き寄せた。
「好き。好きだよ、純…」
 初めての告白だった。柿原たちに付き合うと宣言させられても、好きだと口にした事はなかった。柿原には納得して貰う為に自分の気持ちを説明したけれど、肝心の一ノ瀬くんには一度も伝えていなかった。もし俺が一ノ瀬くんだったら、随分不安になっただろうと思う。彼が繋がる事に拘ったのは、きっと俺のせいなのだ。お詫びの気持ちを込めてそのままそっと口づけると、一ノ瀬くんが震えているのが分かった。唇を離して、「純…」と呼びかけると背中を抱く腕に力が隠った。
「ミキ! ミキ! 俺も、ミキが好きだよ!」
 そう叫んだかと思うと、太腿を抱え上げられてそのまま後ろへ倒された。落ちる恐怖に目を閉じたが、押し倒された衝撃よりも、自分が取らされている格好が苦しくてすぐに目を開けた。俺は彼に貫かれたまま、殆ど身体を二つに折られるようにして開脚させられていた。俺の両足を肩に担いで、色情丸出しの瞳で見下ろす一ノ瀬くんと目が合った。
「ごめんね…。苦しいかも知れないけど…我慢して。俺、貴方が…泣きながら俺を銜えてる所が、見たい…」
 震える熱い吐息でとんでもない事を囁かれたが、その言葉を理解する前に激しく腰を打ちつけられて、俺は気を失いそうになった。
「あっ! はあっ、あっ、はっ、あっ…」
 まさに長い楔を打ち込むみたいな勢いで抽挿を繰り返された。俺は肌を叩く音に合わせて短く悲鳴を上げ続けたが、そうしないと息が出来なかった。おまけに繋がった所が痛くてボロボロ涙が零れた。痛いというより、焼けるという方が近い。繋がった所に火を注がれているようだった。
 熱くて苦しくて痛いのに、時折挿入する角度を変えて前立腺を突くようにされると、頭の中で火花のような快感が弾けた。全てをまとめて苦しい…と呻くと、一ノ瀬くんは勘違いして萎えかけた俺の前を優しく扱いてくれた。
「あんっ、あっ、じゅ…じゅん!」
「ああ…ミキ! もう、俺、達くっ!」
 感極まった一ノ瀬くんの声に、固く瞑った瞼を開いた。快感で赤く染まった彼の顔から汗が伝って俺の胸に落ちた。まだ十八歳だと言うのに、その顔からは匂い立つような男の色気が漂っていた。ゾクリと背中から震えが走って、疾うに感覚がなくなったと思ったそこが、銜え込んだ一ノ瀬くんをぎゅっと締め付けたのが自分でも分かった。
 一ノ瀬くんの筋肉がぐっと固くなった。「うっ!」と唸った後、全身を硬直させて数度激しく腰を使いながら、俺の前も同時に扱き上げた。その刺激で俺が射精して彼の腹を濡らすと、彼も同時に達したらしく、肺の中の空気を全て吐き出すような長い長い息を吐いて俺の胸に落ちてきた。
 俺の足を肩から外し、それでも抜き取ることはせずに俺を抱きしめる。名前を呼んで頬ずりし、柔らかいキスを繰り返す。幸せだった。答えたかった。力の入らない腕を彼に巻き付けて、泣きながら「好きだ」と繰り返したが、それが限界だった。

 それっきり俺は眠ってしまって、そのあとの事は覚えていない。翌日、何が起こったんだか、俺は一人では起き上がる事も出来なくて、一日中ベッドの中で過ごした。一ノ瀬くんは自分の誕生日だというのに俺の世話に追われたが、世話と言っても彼の遣りたい放題だったから、文句を言われる筋合いは無いと思う。
 だって、俺は一日中裸で過ごさせられたんだぞ。それぐらい出来るって言ってるのに、彼の手から食事を取らされて、トイレにだって抱きかかえられて行ったんだ。いくら何でも用を足す時は閉め出したけど。俺は一日中我慢した。そう、誕生日は王様の彼を立てて遣ったんだ。
 でも、報復は忘れなかった。俺はその後一週間、一ノ瀬くんにお尻を触らせなかった。触ろうとすると大げさに痛がって、涙目で震える演技までして見せた。そうして、痛くて嫌だから治るまで『触らない』と誓わせて、ついでに社長に謝罪の電話も入れさせた。
 俺は悪くないと非を認めない一ノ瀬くんに、不安げに「就職出来なかったらどうしよう…」と呟くと、不承不承、俺がかけた電話口に出て、社長に謝罪してくれた。
 これでやっと溜飲が下がった気がしたが、社長が「彼なんて止めて、俺にしとけばいいのに」と笑いながら冗談を言ったのを聞いて、あの悪巧みをする時の片眉を上げて小馬鹿にしたような表情を浮かべていたのが、ちょっと気にはなったけど…。まあ、俺の気にし過ぎかも知れない。
 今、俺と純は殆どを純のマンションで、残りを俺のアパートで過ごしている。彼のモデルルームのような部屋は、今やすっかり俺の荷物が溢れて所帯じみてしまった。純には家賃が勿体ないから一緒に住もうと言われているが、それは今の所考えていない。だって、解約してしまったら逃げる所がなくなるから。
「ねぇ…今日は、俺の部屋へ行きましょうよ?」
「嫌だ」
 コタツ布団を上げたテーブルで時刻表を読みながら、春の旅行の予定を立てている俺の横で、一ノ瀬くんが上目使いでお強請りしてくる。俺はそれを即答で却下する。彼のマンションにいる間は当然アレも許すって事だから、したくない時は壁の薄い自分のアパートに立て籠もる事にしているのだ。
 だって、ここ三日間立て続けだったんだぞ。朝までされるし、出来たてのカップルとは言え本当に冗談じゃないのだ。諦めの悪い純が俺のお尻に触ってくる。その手の皮を容赦なくつねると、「痛ってー!」と大げさに痛がって手を振って見せた。
 俺は知らぬ振りを決め込みながらも、内心可笑しくて肩が震えた。透かさず純が背中から抱き付いて、「ミキは意地悪になった」と呟いた。俺は胸の中に広がる幸せを噛みしめながら、振り向いて大好きな笑顔にキスすると、純は
「ずるいなぁ」と言ってクスクスと何時までも笑っていた。

 (了)


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