INDEX NOVEL

金魚の埋葬

 生き物が死んでいるのを見たのは、これで三度目だ。日向優一(ひむかいゆういち)は、レースのように奇麗なドレープのついた金魚鉢の中で、腹を見せて浮いている二匹の金魚を眺めて思った。
 朝、会社へ行く義父のための朝食を用意しようと台所の対面式カウンターの前に来て、金魚が死んでいるのに気がついた。
 一匹は黒い出目金で、友人の安達公平(あだちこうへい)が夜店でとってくれたのだ。もう一匹は義父があとから買って来た赤い和金で、小さいがとても元気が良かった。
 両方とも死んでしまうなんて、何かいけない事をしただろうかと思ったが、理由はすぐに思い当たった。二匹で飼うには金魚鉢が小さかったのだ。
 最初は大丈夫だと思ったのだ。義父がお土産に買って来てくれた昔懐かしい金魚鉢は思ったよりも大きく、出目金一匹を飼うには充分過ぎるように思われた。だから「一匹じゃ、寂しいだろうと思ってね」と、義父が買って来た小さな金魚を一緒に飼えないとは言えなかった。
 夜店のおじさんから教わったように、すぐには和金を入れず金魚鉢にビニール袋を浮かべると、袋で隔てられているにもかかわらず、出目金は自分よりも小さな新入(しんいり)に怯えたように金魚鉢の底へ身を潜めた。
 しばらくして和金を放すと、和金の方も水面間際をぐるぐると忙しなく泳ぎ回り、二匹の縄張りは狭い金魚鉢の上層と下層に分かれてしまった。そのため、餌を与えると水面にいる和金がみんな食べてしまう。出目金の近くへも落としてやるが、麩菓子のような浮き餌はなかなか沈んでいかない。
 餌をやり過ぎないように教えられてもいたが、出目金が飢えてしまうのが心配で、知らず知らず量が増えていたのは否めない。和金が死んだのはおそらく餌の食べ過ぎで、ぷっくりしていた出目金は栄養不足というより、ストレスで弱ったのだろう。和金が来てから泳ぎ回る事はなくなり、水草の陰でじっとしていた。
「……僕のせいだ」
 言葉にすると鳩尾(みぞおち)の辺りが痛んだ。このままでは拙いんじゃないかとうすうす感じていながら、そのままにした。飼い方を間違えなければ、十年でも二十年でも生きると教えられていたのに、出目金にも和金にも可哀想な事をしたと瞼が熱くなった。
「おはよう」
 後ろからかけられた義父の声に驚いて、かろうじて涙はおさまったが返事が出来なかった。黙って振り向いただけの優一の顔を見た義父は、それだけで異変を察し「どうしたの?」と足早に優一に近寄り金魚鉢を覗いた。
「ああ……」
 義父はそれしか言わなかった。言いたくなかったのかもしれない。黙って優一の肩を抱いて優しく擦っただけだった。
 優一は母の葬儀の時を思い出した。あの時も、こうして肩を抱いてくれた。十歳だった優一の身長は義父の胸辺りしかなかった。
『きみを何処にもやったりしない。ずっと一緒だ』
 俯いていた優一の耳に、義父の胸を伝って言葉が流れ込んできたのを覚えている。あの時から、義父は優一にとって特別な人になった。それでも、二人きりの生活に慣れるには、それなりに時間がかかった。
 四年が経ち、今では義父の肩まで届いた体を素直に預けられるようになったが、スキンシップを好む質らしい義父が、優一の髪や頬に触れてくるのを、嬉しいと思ったのは小学生の頃までだった。
 義父の手が優一の肩から頭へ移動し、母譲りの柔らかい髪を撫でるように梳いた。優一は目を閉じ、小さな吐息を漏らした。
「今日は遅くなるけど、帰ったら私が片すから、このままにしておきなさい。優一はまた少し寝た方がいいよ。朝ご飯は適当にすますから」
 言われて、慌てて壁掛け時計を見ると六時四十分。義父が朝食をとる時間を疾っくに過ぎていた。優一はまだ寝間着を着ているが、義父は既に身支度を整えている。確かに、今から用意して家で食べるより、会社の近くでモーニングでも食べた方がいいだろう。
「ご飯…ごめんなさい。金魚は僕が片付けるから大丈夫」
「そう? 本当に大丈夫?」
 義父は髪を梳いていた手を滑らせて優一のうなじを撫でながら聞いた。優一は背筋の痺れを誤摩化すように、義父から身体を離して向き合った。
「大丈夫。いってらっしゃい。お義父さん」
 にっこり微笑んで時計を指差しながら言うと、義父はわざと慌てたように笑いながら「いってくる。戸締まり気をつけて」と出かけて行った。
 大丈夫とは言ったものの、どうしたものかと途方に暮れた。死骸などは自宅マンション内の植え込みであっても埋める事は出来ない。けれど、可愛がっていた金魚を生ゴミと一緒に捨てたくはなかった。せめて土に還してやりたい。
 初めて飼ったヒヨコが死んだ時は、祖父の畑の隅に埋葬した。祖父が元気で畑を続けていれば同じように埋めてやれるが、老人ホームで暮している今は望むべくもない。
『こうして埋めてやれば、肥やしになるわ』
 不意に、母が言った言葉を思い出した。祖父がヒマワリの種を撒いたすぐ側に、母はヒヨコを埋めてそう言った。小さくて愛らしい生き物の死を、初めて目の当たりにして嘆き悲しむ幼い息子に、母は「生まれ変わる」などとセンチメンタルな事は言わなかった。
 三ヶ月後、ヒマワリは優一の背丈よりも高くなり、ヒヨコと同じ黄色い大輪の花を咲かせた。
『私はヒマワリが好きなの。支えがなくても真っすぐ伸びて、天に向かって花を咲かせるから』
 好きだと言うだけに、母はヒマワリに似ていた。支えがなくても看護士をしながら優一を育ててきた。そんな逞しい母が義父と再婚したのは優一のためだ。
『優ちゃん、おとうさんが欲しい?』
 聞かれて、一も二もなく頷いた。他の子が当たり前に呼んでいる「おとうさん」という人が欲しかった。今は「お義父さん」と呼べる人はいるが、「おかあさん」とは二度と呼べなくなった。
 事故で亡くなった母は土には還らず、白い骨になって優一の父と同じように海に撒かれた。それが義父と再婚する前からの望みだった。
 優一はカーテンを引いて、ベランダのガラス戸を開けた。
 七時を過ぎて太陽は鋭い日差しを放っていたが、それをプランターから伸びたゴーヤの緑のカーテンが遮っていた。
 いつもならプランターにはヒマワリが育っているはずだった。優一の学区では夏休みの宿題に小中学校とも絵日記代わりの観察日誌が課せられていて、優一は毎年飽きもせずヒマワリの観察日誌をつけていた。
 今年は公平と金魚の飼育日誌にしようと話していた。それを小耳に挟んだ堀田亮介(ほったりょうすけ)が、優一の家にわざわざゴーヤの苗を届けに来た。
「かーちゃんがいっぱい買っちゃったんだ。だから優一もゴーヤにしようぜ。公平は別に金魚でもいいけど」
 公平と二人だけで金魚すくいをしたのが気に入らないのだ。それでも、優一ではなく公平を仲間外れにしたのは、亮介なりの協調性らしい。だが、優一は蔓植物が好きではなかった。アサガオさえ育てた事はない。
 僕は、ヒマワリがいいんだけど。出かかったのを呑み込んで「ありがとう」と受け取った。
 七月を過ぎて植えたから、まだ小さな黄色い花が咲き始めたばかりだ。サンダルを突っかけてプランターの側にしゃがむと根元の土を触った。誰にも咎められない場所と言ったら、このプランターの土の中しかないだろう。だけど…。
 実ったらゴーヤーチャンプルーを作ると、義父に約束していた。母なら迷わず埋めたかもしれないが、金魚を肥やしにして育った実など食べられない。やっぱり、ヒマワリにすれば良かったと後悔したが仕方がない。
 しばらくじっと佇んで、急かすような蝉の声を聞きながら別な候補地を探した。葉陰から青い空を透かし見て、あっ、と声がもれた。今日がプール開放日なのを思い出したからだ。解放日なら校庭にも自由に入れる。
 そうだ、学校の花壇に埋めよう。園芸部の活動を装えばきっと怪しまれない。
 優一は部屋に戻って制服に着替えた。泳ぐわけではないがプールの用意をし、その袋へ新聞紙に包んだ園芸用の小型シャベルを入れた。それから氷を入れたビニール袋に金魚を入れ、保冷バッグへそっと仕舞った。
 プールは十時から十二時までの二時間で、授業ではないが生徒にしか解放していない。 十一時ごろ学校へ行けば他の生徒には見つからないだろうし、先生に見つかったら水撒き当番だとでも言えばいい。時間はまだ九時にもなっていなかったので、洗濯をすませ牛乳だけ飲んで家を出た。
 学校へ着くと既にプールが始まっている時間だから門は閉じていたが、そのすぐ横の通用門は先生が帰るまで開いているので、音がしないよう静かに門扉を開けて中に入った。
 目立たぬようにそのまま塀伝いに校庭の端を歩き、体育倉庫わきのアジサイの植え込みに向かった。最初は園芸部の花壇へ行くつもりだったが、プールの出入り口側の柵から見えるのに気づいて変更した。人気のないジメジメした場所だがアジサイは好きな花だし、花壇のように掘り返される心配もないから、埋葬するには最適な場所に思えた。
 ところが、掘り始めるとアジサイの根元は打ち固めたように頑丈で、なかなか穴を開ける事が出来ない。シャベルの先を突き刺すようにして一心不乱に掘っていると、小学生の頃もこうして校庭に死骸を埋めた事を思い出した。
 ヒヨコを死なせてから二度と生き物を飼わないと決めていたが、学校では学年ごとに何かしら生き物を飼育させられる。だから、その死に直面する事は幾度もあったし、その都度悲しく感じたけれど、これほど心が痛んだのはヒヨコと母に次いで三度目だった。たかが金魚であったけれど、黒い出目金に強い愛着を感じていた。公平が自分のためにとってくれたからだ。
 公平とずっと親しくなりたいと思っていた。亮介からその境遇を聞かされて、彼なら普通の家庭で育った子どもとは共有できない心情を、察してくれるのではと期待していた。一年以上かかって、 五月の宵に初めて二人だけで話した時、公平は期待通り優一を受け入れてくれた。それから急速に距離を縮め、互いを支え合うに欠かせない存在になった。
 けれど、公平には優一にない強さがあった。
 自分の存在意義を脅(おびや)かすかもしれない、新しい安達家の子どもが産まれるのを恐れていた公平だったが、弟の誕生から二ヶ月が過ぎた今では、その未熟でか弱い存在の世話を買って出る事で、義母とも円滑な関係を築きつつあった。
「家の事なんか何にもしなかった親父も、会社から飛んで帰って風呂に入れてやるんだぜ。赤ちゃん言葉なんか使ってダッセーと思うけど、俺の時もそうだったのかなって……。だからまあ、少しくらいは手伝ってやろうかと思ってさ。何しろ手がかかるんだ。本当、ハンパない。赤ん坊って、何だってあんなに泣くかなぁ?」
 弟の夜泣きに寝不足だとぼやきつつ、世話する様子を話す公平の顔は慈しみに満ちていて、優一は遠からず自分の存在が公平に必要なくなるのを感じた。夏休みに入った頃、自分から距離を取ろうとしたのは亮介の嫉妬からというより、これ以上公平に依存するのを止めようと思ったからだ。
 優一は、自分が自らの力で自立できる剛性(ごうせい)を持たない事を知っていた。まるで、何かを支えにしないと茎を伸ばす事ができない蔓植物のように。
 今は義父に絡み付いて生きている。少し前まで義父の支えがずっとあるものと思い込んでいたが、変わらず続くものではないと気づきはじめた頃から、別の支えを探し求めていた。
 代わりに見つけた公平は、優一の母と同じく逆境を自分の力で切り開き、支えなどなくても思う方向へ進んで行ける、真っすぐに天へ向かうヒマワリだった。
 眩しいほどの生命力にあふれた公平に、互いに支え合えればと言いながら、ただ絡み付きたいだけの自分が浅ましく思えた。だから手を伸ばすのを止めたのに、公平は優一を追って来た。
『一人でいるなんて言うなよ。俺は、お前と一緒にいたいんだ』
 そう言って、手をとってくれたのが嬉しかった。義父に嫌われたくない一心で否とは言えない優一を気遣って、出目金をくれたのが嬉しかった。なのに、死なせてしまった。
 土の上に大きな雫がいつくもたれて、視界がぼやけた。嗚咽が出るのを堪えようとした時。
「……優一? そんな所で何してるんだ?」
 アジサイの葉陰から訝しげな顔をした公平が覗いていた。
 咄嗟に目を伏せて手の甲で涙を拭った。その僅かな間に、公平がすぐ側へ来ていた。外から見えないよう植え込みの奥に居るというのに、どうして分かったのだろう。だが、疑問を口にするより先に「どうしたんだよ?」と訊かれてしまった。
 泣いているのに気づいているからか、窺うように小声で訊いてくる。優一はどう言い逃れしようか考えて、諦めた。
「ごめん。金魚、死んじゃって……いけない事だけど、ここに、埋めに来た」
 公平は一拍遅れて、「……そうか」とだけ言った。
「公平は…どうして、僕が、ここに居るって、分かったの?」
 鼻が詰まってくぐもった自分の声が恥ずかしく、優一は切れ切れに言葉を繋げた。
「だって、今日来ないって聞いてなかったし、メール出しても返事ないし、途中から来るのかと思って、しょっちゅう柵から外見てたんだよ。そしたら、お前が入って来るのが見えた」
 だからって、どうして出て来たのだろうと不思議だった。まだ十一時半だからプールは終わっていない。そういえば、亮介がいない。いたら一緒に付いて来ただろう。
「亮介は…?」
「昨日から親戚の家に行った。お盆だからさ、他の連中もみんなどっか行ってるらしくて、プールガラガラ。つまんねぇなと思ってたし、お前はこっち来ないで変な方へ行くし、気になって出て来た」
 お祭りの時と同じだ。ため息を吐いて「そっか…」と頷くと、「まだ、埋めてないんだよな?」と公平が地面の窪みを見て訊いた。
「硬くて、なかなか掘れなくて……」
「貸して」
 出された手にシャベルを渡すと、あっという間にほどよい深さの穴を掘った。慌てて保冷バッグから氷が融け切ったビニール袋を出すと、赤い和金がいるのを見て公平が目を見張った。優一は罪悪感に苛まれながら言い訳をした。
「先週お義父さんが、一匹じゃ寂しいからって…買って来てくれたんだ。こんな小さいから、一緒に入れても大丈夫だと思ったんだけど、すごく仲が悪くて。縄張り争いこそしなかったけど、緊張し合ったまま二匹とも死んじゃった。僕のせいだ……」
 言った途端また涙があふれて思わず下を向くと、「別に、優一のせいじゃないだろ」と慰める声がした。
「僕のせいだよ。夜店のおじさんに言われてたから、仲が悪いのは金魚鉢が狭いからだって分かってたのに、そのままにしちゃったんだ!」
 義父にひと言、「狭いから一緒に入れられない」と言えばすむ事だった。普通の親子なら言えただろう事が言えない、そんな自分の都合で死なせてしまった金魚が哀れだったし、公平の気持ちも踏みにじったのだ。
「ごめんね」
 顔を上げられず、袋の中で横たわって漂う金魚に向かって絞り出すように呟くと、公平が優一の手を包むように握って「分かってるから」と言った。
「言えなかったんだろ? せっかく買って来てくれたから……俺は、分かるから。だから、もう泣くなよ」
 分かるから。その言葉が胸に沁みた。握られた手をほどいた方がいいと頭の隅で分かっていても、出来なかった。公平は、自分を分かってくれる。そんな人、他にはいない。
「……うん」
 頷くと、公平は「じゃあ、別々にしてやろうな」と明るく言って、開けた穴の隣りに同じくらいの穴を掘った。
「これで喧嘩はしないだろ。でも、離れ過ぎるのも寂しいからな」
 優一は掘ってくれた穴に出目金と和金をそれぞれ入れた。二人で土をかけ穴を埋めると公平が手を合わせた。小さな生き物へも礼儀を尽くす公平の態度に、軽い驚きと好感を感じながら優一も倣(なら)って手を合わせた。
 公平はシャベルを新聞紙に包み直して優一に渡し、手を洗うために体育館前の水飲み場へ行こうと促した。公平は手を洗いながら遠慮がちに言った。
「気分じゃないかもしんないけど、今晩、花火しないか?」
「花火?」
「うん。親父がたくさん買って来たんだ。まだ一度も一緒に花火をした事ないだろう? 今日は亮介もいないし、団地の公園なら九時までは怒られないからさ」
「でも、」と口籠る。ゴーヤの苗を持って来た亮介を思い出すと、気乗りがしない。
「二人だけで花火をしたら、きっとまた亮介が気分を悪くすると思うよ」そう答えると、公平は笑いながら「大丈夫だよ」と言った。
「亮介の事は、もう気にしなくても平気さ。あいつさ、優一にゴーヤの苗を持ってっただろう?  あれ、俺が持って行くように言ったんだ。俺は育てる自信がないけど、優一は園芸部だからちゃんと育てるだろうし、万一お前のが枯れても、優一のを写真に撮らせてもらえばいいってね。
あいつ、『そうだよな』って喜んでたぜ。本当に単純で裏なんてないし、怒ってても飯食って寝たらすぐ忘れちゃう奴だからさ。拗ねたら、またみんなで花火をすればすぐ機嫌なおるよ」
 祭りの時も聞いた気がするが、一番親しい友人に対する散々な言いように、幼馴染みとはそう言うものかと驚いていると、公平は何か拙い事を言ったかというように慌てて付け足した。
「それに、お盆だからっ! 送り火代わりに線香花火をあげてやるとか……」
 最後は尻つぼみになって消えた。自分でも無理矢理だと思ったのだろう。両親を亡くした優一と違って、仏事など気にも留めない年齢なのに「送り火なんてよく知ってるね」と感心して言うと、「毎年お盆には、母さんの田舎に行ってたからさ」そう寂しそうに言った。
 公平の両親が離婚して、会えなくなった母親の田舎。そうなんだ、と返事はしたものの気まずくなって目を伏せると、公平は気を取り直したように朗らかな調子で言った。
「親父は東京の人間だから、お盆休みつっても行くとこなくて。だから毎年『向こう』のバアちゃんち行って、ジイちゃんの送り火を焚いたよ。他の従兄弟もいっぱい来てるからすげぇ賑やかで、本当は不謹慎なんだろうけど、そのまま花火やっちゃうんだ。だから、つい…。もう行けないんだけど、この時期はいつも思い出す」
 懐かしそうな横顔に、まだ公平にはこんな打ち明け話が出来る自分が、必要なんだと思えた。
「僕も…。お祖父ちゃんが元気な頃は、畑でおとうさんの送り火を焚いてたよ。今は仏壇にお線香をあげるだけ」
 それも母にだけだ。そう思うと、覚えがないとは言え父が気の毒に思えた。
「……やろっか、花火」
 花火が送り火だと思えば、誰にも遠慮せず両親を送れるかもしれない。微笑んで頷くと、公平はほっとした顔をして頷いた。その表情に『違う』と感じた。公平は自分のためじゃなく、優一を慰めるために話してくれている。だけど…。
 その優しさが嬉しくて、また胸が痛くなるのを、優一は笑って誤摩化した。

 (了)

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