INDEX NOVEL

忘れられないクリスマス
100年の塵とダイヤモンド〈 5 〉

※ 性描写があります。未成年の方はお読みにならないでください。

 結果的に、溺れたのは聖夜の方だった。
 男は初めてのはずなのに、繁は何の戸惑いも見せなかった。聖夜は自分がリードしなければ何も出来ないだろうと思っていたが、とんでもない誤算だった。
 聖夜はたった一晩のゆきずりの相手と朝まで過ごす気はなかったから、挿れさせるのは大抵一度だけ。二度、三度と挑んでくる強者は滅多にいなかったし、そうなると誰でも相手を昂めるより自分の欲求を満たすのが優先で、条件を出す分聖夜が奉仕させられる方が多かった。
 聖夜は後ろでしないと感じない質だったから、前戯など碌になくても構わなかった。発展場で見つけた相手など物慣れた男ばかりだったし、やれ腰を振れだの口を使えだのと、辱められるような行為が殆どだった。
 それでも充分感じていたし、男同士のセックスなんてそんなものだと思っていた。そんなだから角田にマゾだと勘違いされたのだろうけれど。
 繁とのセックスは今までの褥の相手と全然違っていた。ただひたすら愛撫され、嫌と言うほど鳴かされて、気が遠くなるほど達かされた。
 「キスして」と、一番最初にせがんだのが間違いだったのかも知れない。繁は唇が痺れてしまうほど、何度も情熱的な激しいキスを繰り返した。舌を絡ませ唾液を交ぜ合い、歯列の裏から裏顎から口腔の粘膜を隈無く愛撫され、文字通り骨抜きにされた。キスだけで勃起してしまったのだ。
 実を言えば、経験値が高い割にディープキスは殆どした事がない。愛してもいない人としたくなかったからで、唇以外ならどこでも厭わずキスしてやったから、相手はそれほど気にならなかったようだ。
 力の入らない身体では脱がせにくいだろうに、繁はそれすら楽しそうに聖夜の服を剥いでいった。煌々と明るい電灯の下で、繁は聖夜の裸体を眺め回して「綺麗だね…」と呟いた。長い指が筋肉の付き方を確かめるように撫でていく。
 クーラーが効いていても体中が熱くて、繁の指が冷たく感じた。その感触に震えると胸の突起がぷっくりと立ち上がった。繁はその様子を嬉しそうに眺めると、小さな突起を口に含んだ。
 赤ん坊のように吸いついては執拗に転がされ、自然と腰が揺れてしまう。以前にも、やたらと胸に吸いつく男がいたけれど、そいつもバイだった。「女は喜ぶけど」と言われて蹴りたくなったのを覚えている。繁はこんな風に女を可愛がるのだと思うと切なくなった。
「もう、胸、いいから…」
 喘ぎながら身をよじると名残惜しそうに唇が離れたが、そのままどんどん下へシフトして脇腹や臍をもてあそぶ。聖夜は「ひっ!」と悲鳴を上げて身動いだ。臍から下へ続くラインがとても弱いのだ。舌が肌を伝う感触にゾクリとするたび先走りが流れ出し、直に触れられてもいないのに聖夜のものは熱を孕んで今にも弾けてしまいそうだった。
 どこもかしこも敏感になっていて、どんな刺激でも簡単に反応してしまうのは仕方がない。久しぶりで溜まっているのだ。同居してから繁が側にいると思うと自分で慰める事も出来なかった。一度だけ風呂場で抜いたのはいつだったろう。もう、後ろの窄まりだって疼いてしまって、自然と口を開いてしまいそうな感覚までする。
 さっきから目の端にチラチラ入り込む繁の中心も聖夜を煽り立てていた。色も形も大きさも、本人と同じくらい男前で、しっかりと天を仰いで先走りの露を乗せている。
 男である自分を相手にしても、これだけ感じてくれるのは嬉しいと思った。早くこれを挿れて、突いて擦って欲しかった。
 聖夜は自分の指を舐めると片膝を立てて後ろに入れようとした。本当は相手に弄ってもらう方が感じるのだけど、初めてでは絶対引かれてしまうだろう。今指を入れたら吐精してしまうかも知れないけど、手で隠せばいいよな。などと、ぐるぐる考えながら自分のペニスにもう片方の手を伸ばすと、両手とも繁に掴まれてしまった。
「駄目! 全部、俺がするんだから!」
 繁はむっとした様子で言い放つと、聖夜の両手首とも片手で易々と押さえつけ、「全部、俺のにするんだから」と言って雫をこぼす切っ先を躊躇いもなく銜え込んだ。
 柔らかく熱く湿った感触に包まれて聖夜は息を呑んだ。嘘だろうと思って起き上がろうとするが、腹を押さえられていて起きられない。辛うじて首だけ持ち上げて見ると、やっぱり繁に銜えられている。
「ちょっ、繁? やだ! 駄目、あっ! ああっ、ああ…」
 ひとたまりもなかった。二、三度吸い上げられて、舌と唇で扱かれただけで呆気なく果ててしまった。
 痙攣しながら中身を吐き出して急激に萎れていく聖夜のものを、繁は口に含んだまま舌で転がしたり吸ったりして暫く離してくれなかった。達した直後の身体はとても敏感で、繁だって知っているだろうに、意地悪く舌先で裏筋をくすぐり続け聖夜の身体がピクピクと反応するのを楽しんでいるようだった。
「やっ、も、離して…」
 喘ぎながら喋ると、舌っ足らずになってしまう。ちゅっ、と音がして解放されたのもつかの間、今度は窄まりに滑る感触がして指が入れられた。痛みはないが反射的に腰が逃げると、がっちり太腿を抱えられ引き寄せられた。
「逃げないで。ここ解さなきゃ、入らないんでしょう? 聖夜さんの中、熱くてヒクヒクうねってる。指が引っ張られてくよ。すごいね…。
 俺、さっきから感動しまくり。本当に人間の身体って、神秘だよね。神さまの最高芸術だよ。俺、人間に生まれて良かった。聖夜さんに出会えて良かった…」
 繁は聖夜の腹に頬ずりしながら、どこかうっとりとした声で囁いた。その間も繁の指は休むことなく聖夜の中で蠢いていた。聖夜の精液を潤滑剤にしたのだろう、淀みなく出たり入ったり、くるっと回して中の感触を確かめたり、まるで医者に触診されているような感じだった。
 もどかしい指の動きが焦れったくて、聖夜は何度も繁の指を締めつけては急かすのだが、繁は恐るべき執着心で存分に聖夜の固く締まった窄まりを解していった。
 いくら後を弄られるのが好きでも、じわじわと攻められるのは堪らなかった。
 もういいから、大丈夫だからと強請っても、繁は「まだ指が3本しか入ってない」と譲らない。おまけに途中で見つけた前立腺を喜々として弄るから、聖夜は何度も達しそうになるのを唇を噛んで必死で堪えた。
 繁の4本の指が自由に動くまでの時間は、気が遠くなるような責め苦だった。漸く指が抜かれた時には、焦らされ続けた怒りと、やっと迎えられる歓喜が交互に押し寄せ涙が零れた。
 ゴムを着けるために身体を起こした繁は、素早く装着して聖夜に向き直るとぎょっとしたような顔をした。聖夜が大きく足を開いて繁が作り変えた器官を曝して見せていたからだ。
 しっかりと解されて小さく開いた入口が、雄蘂から零れた蜜でしとどに濡れて光り、聖夜が浅く呼吸をするのに合わせて開いたり閉じたりして、聖夜の気持ちを代弁するかのように早く早くと誘っていた。
 羞恥を凌駕するほど欲しくて欲しくて堪らなかった。こんな格好で誘うなんて今までやった事はないけれど、これ以上焦らされたら狂いそうだった。
 聖夜は涙を堪えて繁を見詰め、羞恥で締まりそうになる喉からやっとやっと声を絞り出した。
「も…、はやく、挿れて…。も、駄目…はやく、来て…」
 繁は見る間に真っ赤になって、慌てて股間を押さえ込んだ。
「ちょっ、聖夜さん! そんな姿見せられた、挿れる前にイっちゃうよ!」
 そう怒ったように叫んで聖夜の上に覆い被さった。聖夜は繁の首に抱きついて腰には足を回し「駄目、中でイって…」と囁いて、急かすように濡れた雄蘂を擦りつけた。耳元で繁が喉を鳴らす音が聞こえたと思った瞬間、太腿を抱え上げられひと息に貫かれた。その突き抜けるような痛みに、聖夜は仰け反って悲鳴を上げた。
「ごめん! 痛かった?」
 繁が心配そうに聖夜の顔を窺った。聖夜は深呼吸をして痛みを遣り過ごし、平気だと微笑んで見せた。乱暴ではないが遠慮のない挿入の仕方に、やっぱり男は初めてなのだと妙な感慨が込み上げた。
「平気だけど、内側(なか)が、繁の形になるまで、ちょっと待ってて…」
「俺の、かたちに…なるの?」
「そう。内側が繁の形に馴染めば、女とするように動いても大丈夫だから」
 繁は目を見張って聖夜を見ていたが、嬉しそうに微笑むと聖夜の顔に頬ずりして「すごい嬉しい」と言った。
「それって、まさに『俺のもの』って感じだね。聖夜さんの中、気持ち良い。今まで聖夜さんの中って、どんなだろうって想像しながら抜いてたけど、こんな感触初めてだ。想像を超越してたよ。これを味わえるなんて、生まれて来て本当に良かった」
 聖夜は笑った。繁の睦言は大げさで、どこかちょっとずれている。それが嬉しかった。愛おしさが込み上げて微笑むと、「動いていいよ」と繁の額に口づけた。
 繁は「好きだ」と吐息のように囁きながらゆっくりと動き出し、聖夜が意識を手放すまで止まる事はなかった。

 翌日、気がついたら繁は部屋にいなかった。時刻は午後の2時を過ぎ、暑さで漸く目が覚めたのだった。
 繁は予定通り実家に帰ったようだ。メモが残されていて、「帰るまで “ 絶対 ” 俺の部屋で待っていて」と書かれていた。
 聖夜もカレンダー通りの休みだったから今日から5日間、何の予定もない休みが続く。
 暑くて怠くて何もする気になれず、主のいないベッドの上でごろごろしていると、引っ越してしまおうか…という思いに駆られた。昨日の夜の事を思うと、居たたまれない気持ちになるからだ。
 男など抱いた事もないノンケに散々鳴かされるなんて。自分が気持ち良くさせるつもりだったのに、反対に正体をなくすほど達かされた。初めての男とは一日中やっていた事もある。でも、こんなに濃厚なセックスはした事がない。
 繁は絶倫だった。挿入するまでも長かったけれど挿れた後も長かった。しかも、抜かずに何度も達くのである。抜いたのはゴムを替えた時だけだった。
 対面位、背面位、騎乗位まで取らさせられて、聖夜は終いに精液が出なくなった。それでも感じたのである。勃起して小刻みに痙攣し、何も出やしないのに弾けるような解放感を味わった。あの絶頂感は思い出すだけで鳥肌が立つ。
 聖夜は繁と寝た事を激しく後悔していた。こんな快感を刻みつけられるなんて思わなかったのだ。
 人間は一度知ってしまったら、元には戻れない。もう繁以外の誰とセックスしても満足出来なかったらどうしようかと怖くなった。刺激だけで満足出来るなら誰でもいい。でも、身体の疼きと一緒に思い出すのは、繁の顔、声、匂い…。
 甘くて優しい面立ちなのに、挿れたまま上から見下ろす繁の目は鋭くて精悍で男らしかった。激しく突き上げながら耳元で「好きだ」と何度も繰り返し、極まると息を詰め、達する時にはあの低い声が聖夜の名を呼んだ。射精して脱力した身体を聖夜の上に投げ出した時の、重みも汗の匂いも愛おしかった。
 ひとりで部屋に取り残された日は、身体の疲れで何も考えられなかったが、1日、2日と経つうちに堪らない気持ちばかり募った。繁の事が頭から離れない。気を抜くと「好きだ」という声が耳に蘇って、身体の芯が熱く疼いてくる。
 一旦思い出すと止まらなくて、指がなぞる感触や柔らかく吸い付く唇の感触、終いには後の襞を擦り上げながら抽挿する繁の形までリアルに感じて身悶えた。
 聖夜は駄目なのだと、耐えなければいけないと自分を叱咤した。
 あの声を信じたら、また自分は馬鹿を見る。繁がどんなにいい子でも、いつか居なくなってしまうのに決まってる。女の元へ、普通の生活へ帰っていくのだ。そうと分かっているのに、繁が帰ってきたら自ら求めてしまいそうで怖かった。
 現実的に離れようにも、引っ越したばかりで金なんか残っていない。自分の部屋に戻ったところで、このまま側にいたらのっぴきならない状態になるのは必至だろう。
 どうしていいか分からずに、眠れずに迎えた4日目の早朝だった。晴れぬ気持ちと汗を流すためにシャワーを浴びていると、廊下をけたたましく走る足音がしていきなり浴室のドアが開かれた。
 聖夜は角田の事が頭を過ぎり、悲鳴を上げて振り向くと息を切らした繁が立っていた。
「どっ、どうしたの…?」
 帰って来るのは1週間後の筈だった。
「だって、向こうでくずぐずしていたら、聖夜さんがどっか行っちゃう気がして…。居ても立っても居られなかった。良かった。居てくれて…」
 繁は服のまま入って来て聖夜を抱きしめようとした。聖夜は「ちょっと!」と慌ててその身体を避けたが、繁は濡れるのも構わず聖夜の腕を掴んで引き寄せた。
「聖夜さんの考えてる事、何となく分かるよ。田舎にいる間、真剣に考えた。だけど、どんなに考えても、俺、やっぱり聖夜さんが好きだ。
 ねぇ、聖夜さん、俺と付き合って? 頭で考えるより、実際に体験する方が何倍も分かる事が世の中にはいっぱいあるよ? 今すぐ俺を好きになってくれなくても構わない。実際に付き合って、俺って男を知って、それから返事を頂戴?」
 そう言うと聖夜を強く抱きしめて貪るように口づけた。
 聖夜は狡いと思った。考えたのは繁の立場からの事で、ちっとも自分の事を考えてやしないじゃないかと恨めしく思った。
 付き合うって、これではセックス込みの事だろう。確かに自分がそう言ったのだけど、このままでは心も身体も骨抜きにされてしまうのが落ちだ。こいつは、また自分に同じ間違いを犯させようとしているのだ。そう思っても繁の身体を振り払う事は出来なかった。
 何度も角度を変えて熱烈なキスを繰り返され、頭の芯まで痺れて何も考えられなくなる。背中を抱いていた繁の指が背筋を滑り下りて尻のあわいに潜り込み、聖夜は漸く抗議の声を上げたが、唇を離した繁は悪びれもせず目だけで『駄目なの?』と訊いてきた。裸の聖夜が本心を隠せない状態だったからだ。
 赤くなって睨みつけたが、繁は益々余裕であの蠱惑的な笑みを見せるだけだ。
『流されるな』と頭の片隅で訴えている声がするのに、身体が触れ合う場所が熱くて堪らずギュッと目を閉じると、頭を抱き寄せられ耳の中に「好きだよ」と吹き込まれた。
 聖夜はゾクッと震えて力が抜けた。そのまま抱きしめられ、『もう駄目だ』と観念してしまった。

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