INDEX NOVEL

忘れられないクリスマス
100年の塵とダイヤモンド〈 4 〉

※ 性描写があります。未成年の方はお読みにならないでください。

 名前で呼び合うようになってから、繁は早い時間に部屋に帰って来るようになった。期末試験が始まるからで、気がつけば季節が一つ変わっていた。
 繁はアルバイトもサークル活動も休止して授業が終われば早々に帰宅し、聖夜が用意した食事を食べる以外は殆ど机の前の置物と化していた。
 見ているこっちの方が気持ち悪くなりそうなくらい、勉強、勉強の日々だったが、決まって聖夜が寝る前に繁は息抜きがしたいと言って聖夜には紅茶を、自分にはココアを入れて少しの間とりとめのない話をした。
 大抵は繁の話だが、必ず一つだけ聖夜の事を訊いてきた。聖夜はもう隠そうと思わなかったから、訊かれれば素直に答えてやった。
 質問はたわいない内容だった。「子どもの頃、どんな子だったか?」とか、「役場でどんな仕事をしているのか?」など色々あったが、「男の人と付き合うってどんな感じ?」と訊かれた時は、さすがに少し躊躇した。
 繁はそれと察して直ぐに「ごめん」と謝ったが、不思議と嫌な気分にはならず「たぶん、女の子と付き合うのと一緒だと思うよ」と答えていた。
「たぶんって?」
 まるで子どものような純粋に分からない事を追求する瞳で見詰められ、聖夜は苦笑した。
「俺は、女の子と付き合った事がないから、普通の男女がどんなデートをしてるのかなんて分からないけど、やってる事は同じだろうと思うから」
「同じ、なんだ…」
 一体何を考えているのか、ふ〜ん、と鼻を鳴らしながら繁は少し赤くなった。
 それから日を追う毎にそうした内容の質問が増えたが、聖夜は全て律儀に答えた。繁は若い男なのだし『不思議なものが好き』という好奇心からくるのだと思えば、逆にからかうような気持ちも手伝ってかなり際どい話もしたが、繁が不快な様子を見せる事はなく、ふ〜んとか、へぇ〜とかいつも感心しながら聞いていた。
 それは試験が終わってからも続き、お盆休みに入る直前にとんでもない変化となって現れた。告白されたのだ。「聖夜さんが好きだ」と。

 夏休みに入っても医学生の繁は普通の大学生と違い、ゼミの研究を行うために毎日大学へ通っていた。アルバイトも再開させたようで、こちらが心配になるほど遊びにも行かず、田舎に帰る素振りも見せなかった。
 漸くお盆休みに帰省すると聞いて、聖夜は寂しく感じながらもほっとしたのだった。もしかしたら、繁は自分のためになかなか帰省しなかったのではないかと思ったからだ。
 夏になってから角田の気配はなくなっていた。被害にあってから半年と経っていないから安心は出来ないのだけど、半同居のつもりがいつの間にか同居状態になり、ずっと心苦しく感じていたから、これを機会に自分の部屋へ戻ろうかとも考えた。
 帰省するための荷物を作っていた繁に「俺、部屋に戻ろうかと思うんだけど」と話すと、ひどく驚いて「まだ駄目だ!」と猛反対された。
 どのみち繁はいないのだから変わらないだろうと言うと、「じゃあ、せめて俺が帰ってからにして。いない間はここにいて!」と懇願された。
 それはそれで良いけれど、どうしてそこまで心配してくれるのかずっと不思議だったから、聖夜は思わず「どうして?」と訊いていた。その問いかけに繁はこちらが戸惑うほど狼狽えた。
「……だって、だって、約束したでしょう? それに、まだ安心出来ない。まだ用心しないと……」
「だから、どうしてそこまで、俺の事を心配してくれるの?」
「そ、それは……」
 こんな繁は初めて見ると思った。自分を見詰める瞳が驚くほどに揺れている。なんだか泣きそうなほど潤んでいて具合が悪いのかと思うくらいだった。長い沈黙が続いた後、繁は一息に言い切った。
「好きだから。俺、聖夜さんが好きだから、心配だし、ずっとここにいて欲しい……」
 後から、訊かなければ良かったと何度も後悔した。繁の目は真剣で、その視線に含まれた色の気配は、聖夜が馴染んだものと同じだった。
 そりゃ、親切にしてくれるのは某かの好意があるからだろう。けれど繁に限っては、流されないように思えたのだ。彼は至って健全な思考の持ち主だったから。思い当たる事があるとすれば、あれだ。とりとめのない夜の会話。あんな話、しなければ良かったと聖夜は唇を噛んだ。
「だったら、俺はもうここにはいられない。すぐにでも部屋に戻る」
「ど、どうしてですか? 俺じゃ、駄目ですか? 俺に好きになられたら迷惑ですか?」
「そういう意味じゃない。これ以上、繁を混乱させたくないんだ。お前の好きっていうのは錯覚だよ。俺が男同士の話なんかしたから、好奇心の強いお前は感化されただけだ。これ以上俺が側にいたらいけない」
「錯覚じゃない! 感化された訳じゃない! 好きです! 聖夜さんが好きなんですよ!!」
 いつになく興奮して苛々と「どうして分かってくれないんですか」と怒鳴る繁に驚きながらも、分かってくれないのはお前だろうと、聖夜も怒りが込み上げた。
「俺の好きっていう定義はな、セックス込みなんだよ。ちゃんとそう話しただろうが! お前、分かってんのか? 俺は男で、お前と同じモンがついてんだよ! そんな俺を抱けるのかよ!? 普通の男のお前が、そんな事、出来る訳ないだろうが!」
 もういい加減目を覚ませと、ぎっと繁を睨みつけた。繁はさっきまでの興奮は収まったようだが不満げな顔で聖夜の視線を受けとめた。暫くそうして睨み合ったが、先に視線を外したのは聖夜の方だった。繁の真っ直ぐな瞳に負けそうな気がした。
「それが、証明になるの?」
 小さな声だった。はっと顔を上げると同時に繁に抱きしめられていた。そのまま顎をつかまれキスされる。驚いて開いた唇から簡単に舌が入ってきた。慌てて藻掻いて背中を叩いても、繁は細いくせにびくともしなかった。
 憎たらしいほど巧みな舌使いに翻弄されて、次第に力が抜けて崩れそうになった聖夜の身体を繁は易々と抱え上げた。不安定な体勢に繁の首にしがみついた後はあっという間だった。
 ベッドに運ばれてそのまま繁が乗り上げてきて顔中にキスが降ってきた。避けようと首を振ると耳たぶを甘噛みされ穴に舌を差し込まれた。吐息の熱さと舐められる舌の音に背中が戦慄いて悲鳴を上げた。
 引っ張り上げられたワイシャツの下から長い指で直接肌を撫でられて、舌先で耳殻を愛撫しながら吹き込むように「好きです…好きです…」と何度も何度も繰り返されると、もう、堪らなかった。初めは繁の胸を押し返していた筈の手のひらは縋るように繁のTシャツを掴んで震えるだけだった。
 馬乗りになった繁の股間が聖夜の腹の上でその存在を主張していた。ワザと分からせるように押しつけられて、その硬さと大きさに息を呑んだ。
「抱けるか、抱けないかなんて、今更問題じゃないよ。俺、もう何度も聖夜さんをおかずに抜いちゃってるんだ。聖夜さんは気を使って俺の前じゃ絶対裸にならなかったけど…ごめんね、俺、夜中に貴方の身体、何度も見ちゃったよ。
 中学生じゃあるまし、勉強中に聖夜さんとしてるところ想像して堪らなかったけど、何とか乗り越えられたから、まだ……まだ大丈夫だと思ったのに。聖夜さんが…、聖夜さんが自分の部屋に戻るなんて、そんなこと言うから…」
 子どもが不満を漏らすような泣きそうな声で、ちょっと恐ろしい内容の睦言を囁かれ目眩がしそうになった。繁は抵抗しなくなった聖夜の首筋に噛み付くと、ちくちくと痛みを伴うキスをして小さな印を無数に散らしていく。これは、もう犯らせるしかないと聖夜は思った。
 好奇心が理性より勝っている子なのだ。妄想し過ぎて実際に体験するしか熱の冷ましようがない。一度してしまえば、きっとこんなもんかと満足するのだろうし、聖夜だって、もう辛いのだ。
 角田のせいで、もうかれこれ4ヵ月もご無沙汰だった。繁のお陰で精神的に寂しい思いをする事はなかったし、性欲も一度引いてしまえば、それはそれで遣り過ごせる。
 却って、こうして久方ぶりに火がついてしまう方が堪らないのだ。まして、こんな求められ方は高校生の時以来、否、ここまで熱烈に求められたのは初めてかも知れない。
「……わかった。わかったから、するなら、ちゃんとしよう……」
 繁の頭を抱いて耳元でそう囁くと、繁は一瞬目を見開いてから、クラッと来るほど蠱惑的(こわく)的な笑顔を見せた。その顔を見た時、聖夜の胸の中に澱のように溜まった醜いものが舞い上がった。
 この男は、この顔を一体何人の女たちに見せて来たのだろう。男を抱けたって、この男がホモになる訳じゃない。ちょっと変わった玩具を弄って、飽きたら簡単に普通の生活に戻っていくくせに。
 普通の男はみんなそうだ。先輩だって、何度も「好きだ」と言ったくせに。「好きだ」なんて戯れ言だ。人なんて信じない。
 気持ち良くしてあげるよ。女なんか欲しくなくなるくらい、骨抜きにしてあげる。でも、それだけだ。好奇心で男なんか抱いて、この子がこの先どうなろうと、俺の知った事じゃない。
 暗く濁った思いに目眩がして、これからする事はお礼なんだと自分に言い訳した。繁がストーカー男から守ってくれた事は、本当に感謝している。だからその分を身体で返してあげるのだと。
 繁が口で息をしながら聖夜の顔をじっと見ている。その目は欲を含んだ男の目だった。射るようなその熱い視線に耐えられず、聖夜は瞳を閉じると「キスして」と囁いた。

NEXTは成人向ページです。未成年の方と性描写が苦手な方は、上部よりNOVELでお戻りください。

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