INDEX NOVEL

秘密のピーチパイとチェリーボンボン 〈 5 〉

 植え込みで出会ってから、泰治は僕に何かと構って来た。
 昼休みに一人で木陰に座っていたり、仮病を使って保健室で本を読んでいたりすると、用もないのにやって来ては話をして帰って行く。話し相手がいない僕にとっては、ちょっと気晴らしになったけれど、そのせいで時々ヤバそうな三年生の女子から嫌がらせを受けたりした。
 テレビドラマみたいだけど、下駄箱にカッターの刃が入った手紙が置いてあったり、上履きがびしょびしょに濡れていたり。けどまあ、それほどすごい事はなかったかな。
 一度だけ体育館裏に呼び出されて、「胸がちょっとデカイからっていい気になるなよ」とかって、何だかよく分からない言いがかりをつけられたけど、泰治が助けに来てくれて事無きを得た。
 親切な誰かが泰治を呼びに行ってくれたらしい。
 普段はみんな巻き添えになりたくないから、僕の傍に近寄って来る同級生の女子はいかったけど、たまに声をかけてくれる親切な子がいたから、きっとその子だと思う。
 でも僕は、本当は男なんだし女子の友だちなんて出来ても面倒だと思ったから、お礼を言う事も、積極的に仲良くなる事もせず、当たらず障らずの付き合いに止めた。
 そんな日々は泰治が卒業するまで続き、いなくなってからは平和な日常が訪れたけれど、結局卒業するまで親しい友だちは一人も作らず、死にそうなくらい退屈でどうでもいい中学生活を過ごした。
 それから僕は通信制の高校へ進み、人の目を気にせずに済む、夢にまで見た安穏な生活を手に入れたはずだったのに……。
 また泰治が現れたのだ。夏と冬の休みの間、ペンションのアルバイトとして。
 叔父さんと叔母さんは、真面目に働く泰治の事を書き入れ時の貴重な戦力として大歓迎してたから、嫌だとは言えなかったけど、僕にとっては大迷惑だった。
 だって、もう制服以外で女の格好をしなくて済むと思っていたのに、普段着だって女っぽい服を着なくちゃならなくなったんだもの。まあ、叔母さんは喜んでたけどね。
 そんな迷惑ばかり被っていたからか、泰治の気持ちなんて、これっぽっちも思い至らなかった。僕がそういった事にニブいせいもあったけど…。
 でも、仕方ないだろう?
 ペンションの手伝いをして貯めたお金が、もうすぐ目標額に届くんだ。そうしたら、二十歳まで待たずに手術を受けるつもりだった。完全な男の身体に戻って、東京の大学へ進んで、スポーツも思いっきりして、友だちも沢山作って、やっと普通に女の子を好きになれる…。
 そんな夢を叶えるのに夢中で、他の事なんて考えられなかったんだ。
 それに、あんまりこっちの人とは関わり合いになりたくないと思っていた。それが、泰治を通して座間ベーカリーのおじちゃんや恭平さんとも親しくなって…。そりゃ、優しくしてくれて、嬉かったし有り難かった。でも、ここでの事は、全部捨てて行くしかないんだし、みんなを騙してるって罪悪感も募るばかりだった。
 でも、バレなければ誰も傷つく事はない。僕の秘密は秘密のままこの町を出て、自然と僕の存在は忘れ去られる筈だった。それが唯一の救いだったのに、どうして泰治は、僕の邪魔ばかりするんだろう。
 僕はペンションに戻ってから、迷いに迷って叔母さん夫婦に泰治の事を打ち明けた。
 この事で一番気になったのは二人の事だ。だって、秘密をバラすという事は、学校のみんなも、町の人たちも騙していた事を明白にする訳で、もかしたら二人にとんでもない迷惑がかかるかも知れないのだ。
 でも、二人の反応は「ああ、やっぱりね…」と拍子抜けするものだった。
「二人とも、知ってたの?」と驚く僕に、「初めてうちにバイトに来た時からそうだと思ってた」と二人は顔を見合わせ頷き合った。
 何で教えてくれなかったのかと詰め寄ったら、「知ってるんだと思ってた」と逆に呆れられた。
 ニブいわねぇと笑う叔母さんに、僕は涙目になって「どうしたらいいと思う?」と縋った。
「私だったら、付き合うだけ付き合って、『やっぱり相性が悪いわ』とか何とか適当な事言ってフっちゃうかな。だって、泰治くんがこっちにいる間だけ、我慢すれば良いだけの事だし。半年経ったらマキちゃんは男の子になっちゃう訳だしねぇ」
 しれっとそんな事を言う叔母さんに、僕と叔父さんは顔を見合わせて肩を竦めた。叔父さんは咳払いをして、「でも、付き合ってる間にエッチしたいとか言われたら、どうするんだ?」と心配そうに言った。
「そうしたら、『結婚するまで誰ともしない』って逃げればいいわよ」
「そんなんで、今時の若い男が納得すると思うか?」
 叔父さんが呆れたように言うと、叔母さんの方がもっと呆れたように言った。
「だって、お試しは飽くまでもお試しなんだから、こっちだって『ちゃんと好きになるまでしないわ』って突っぱねればいいじゃない。それに、相手は『付き合って』って申し込んでから一年も待ってるようなお人好しの泰治くんよ? 貞操を守りたいって言えば、絶対手を出さないと思うけど?」
 内心、さらっとすごい事言うなと思ったけど、僕もその方がいいと思った。
 やっぱり、町の人を騙していた事実は隠しておいた方がいい。僕がここを出て行った後も、叔母夫婦はずっとこの町で暮して行くのだから。二人のためなら半年の我慢なんか大した事ない気がした。勿論、泰治には気の毒な事になるけど、僕にとっては二人の方が大事だ。
「じゃあ、そうする…」
 僕がそう言うと、何となく二人ともほっとしたような顔をした。でも、さすがに気が重かった。僕はトロいし、嘘を吐くのは苦手だ。だから人には近づかないようにしてたんだから。
 僕の気持ちを察した叔父さんが、「まあ恋愛なんて、駆け引きだしね。二股三股なんて人もいるんだから、気楽に考えたらいい。バレたらバレた時だしね…。それに、美代子さんの言う通り、泰治くんなら本当の事を知っても悪い事にはならない気がするよ」
 何の根拠もない慰めに僕は頷けなかったけど、叔母さんは「きっと、そうよ」なんて言いながら、
「じゃあ明日、初デートのためのお洋服買いに行きましょう」とウキウキしていた。
 叔父さんと僕は顔を見合わせてため息を吐いたが、やっぱり文句を言う気にはならなかった。

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