INDEX NOVEL

秘密のピーチパイとチェリーボンボン 〈 4 〉

 僕の本当の名前は真樹(マキ)。
 東京都出身の十八歳。身長162センチ、体重49キロ。男としては標準より小さい。
 容姿は童顔の部類に入る。目は大きめで少々垂れている。鼻は低いが小さくて形は悪くない。唇は厚くて所謂おちょぼ口。体毛が薄いから、これでちょっと化粧なんぞすれば、誰も男だなんて思わない。
 性別はれっきとした男なのだが、どうして女の子として生活しているかと言うと……。
 僕には “ おっぱい ” があるのだ。
 人間はお母さんのお腹にいる時、男の子も女の子も同じ過程を経て身体が作られるんだって。最初はどっちも女の身体になって、それから細部が分かれて行くらしい。だから必要なくても男にもおっぱいがある。
 普通はただ乳首があるだけで、女の子みたいに大きくなったりしないけど、ごく稀に大きくなっちゃう人がいる。『女性化乳房』っていうらしい。僕は、それなんだ。
 症状は人それぞれで、両側とも大きくなる人もいれば、片側だけ大きい人もいる。大きさもまちまち。
 単にお相撲さんみたいに脂肪で大きく見える人は、偽性女性化乳房っていうんだって。大抵の人はこれみたいで、見た目が気になるなぁ…くらいで、特に問題にならない。
 僕の場合は、乳腺自体が発達した真性女性化乳房で、Cカップくらいの立派なおっぱいがある。診察してくれたお医者さんがビックリしてたから、こんなに大きくなるのはすごく珍しいらしい。
 どうしてこんな事に…って、思う。十歳くらいまではどこにでもいる、サッカーが好きな普通の男の子だった。小学校を卒業する頃一気に身長が伸びて160センチを超え、あとどれくらい大きくなれるだろうって、すごく楽しみにしていた。でも身長と一緒に胸の方も大きくなり始めたんだ。
 初めは怖くて誰にも相談出来なかった。中学に上がって夏が近づいてプールが始まる頃、もう駄目だと思って両親に相談した。
 僕の身体を見て青くなった母さんがすぐに病院に連れて行ったけど、医者からは思春期の男児の60%程度に一時的にみられるもので、心配のいらないものだからって言われただけだった。
 我慢しろって事なんだけど、この状態で人前で裸になるのはどうしても嫌だったから、うつる皮膚病にかかってるって嘘の申告をして、その夏はプールを全て休んだ。
 だけど、秋を迎える頃には今と変わらないぐらい大きくなってしまって、生活に支障をきたすからと、もう一度別の病院へ行った。どうしても “ おっぱい ” を取りたかったんだ。
 でも、診察結果はホルモン・代謝異常が認められるので、身体が安定しない今の段階で取っても、また大きくなる可能性があると言う事。そして、手術は保険がきけば十万円くらいだけど、駄目な場合は百万円近くかかると聞いて、両親に待ったをかけられた。
 来年、一つ違いの妹が私立の中学校を受験する事になっていたからだ。
「今すぐ手術しても、また大きくなるかも知れないし、もったいないじゃない。二十歳になったら手術しましょう。それまでは、体育のある日はサラシを巻いて行けばなんとかなるわよ」
 それで誤摩化せと言われた時、僕はブチ切れた。だって、学校生活は最低三年、高校へ行けばあと六年も続くのだ。それを、サラシ一枚で誤摩化し続けろと言うのか? 
「僕の身にもなってよ!!」
 そう怒鳴り散らして三ヶ月、僕は自分の部屋に引き蘢り学校へ行かなかった。そして母から相談を受けた美代子叔母さんが家を訪ねて来た。
 叔母さんは、自分のやっているペンションで一緒に暮さないかと誘った。僕を知ってる人が少ない場所で、身体の事を気にせず暮せばいいと。僕は自分の家族に対して不審と反感が芽生えていたから、叔母さんの誘いに一つ返事で乗ったのだった。
 僕は中学校には行かないでペンションで働いてお金を貯めて、駄目でも何でも手術をするつもりだった。でも、それには僕の両親が反対した。せめて義務教育は終えてくれと言うのだ。
 それは自分でも尤もな気がして、色々考えた苦肉の策が、『身体が弱いから体育の授業が受けられない女の子』として学校に通うというものだった。
 『何で女の子になるの?』と思われるかも知れない。そりゃ、僕だって体育の授業や、修学旅行をバックレさえ出来ればいいだけの事で、本当は女装なんかしたくなかった。だけど…胸が大き過ぎるのだ。
 叔母さんにちゃんと測ってもらったら、その当時はBの75センチあった。今はCの75センチある。そんなだから、サラシを巻いても誤摩化しきれなかった。
「その大きさじゃ、ブラジャーしないとまずいでしょう? 下の方は、別にトランクス履いててもスカートだったら分からないし、トイレも個室に入るから大丈夫だしね。やっぱり女の子で通すのが一番楽に過ごせると思うよ?」
 そうい言われて随分迷ったけど、叔母の言う通り中学の三年間を女の子で通す事に決めたのだった。
 今思えば、もう少し違った選択があった気もする。
 叔母は、僕の事をとても親身になってくれるけど、心のどこかで僕が女の子だったら良いのにって気持ちもあったんだろうと思う。叔母は自分の娘を病気で亡くしていて、時々『みっちゃん』ってその子の愛称で呼ばれる事があるからだ。
 だからって、別に叔母の事を悪く思う事はない。今も昔も叔母夫婦しか頼れる人はいないのだから。
 こうして、こちらに転校してからの僕は、病弱な女の子として静かに目立たずに過ごした。クラスメートは僕の見た目に騙されて、疑う者は一人もいなかった。担任すら僕が女と信じて疑っていなかった。
 それでも、いつもビクビクしていた。声を出す時も、出来るだけ不自然じゃない程度の裏声で喋ったし、言葉使いや態度にも気を配った。どうしてもピリピリしてしまうから、一人でいるのを好むようになった。当然、仲の良い友だちは出来なかった。
 あれは、転校して間もない体育の授業中、植え込みに隠れるようにして見学していた時だった。
 寒くて退屈で、迷い込んだ猫の跡を追いかけて、植え込みの中を移動して歩いていたら、躓いて派手に転んでしまった。
「…いっ、たぁ…い……」
「おい! 大丈夫か?」
 木の根に躓いたとばかり思っていたから、声がしてビックリした。慌てて顔を上げて声のした方を見ると、でっかくてゴツい男子が包帯を巻いた足を伸ばして座っていた。僕は痛いのと恥ずかしいのとで、すぐには動き出せなかった。
「大丈夫か? 動けないのか? 悪い、俺も動けなくてさ、でも、あの…」
 そいつが、ごにょごにょ口籠る様子が何だか変だと思ったけど、「パンツ見えてんぞ…」って言われて飛び上がった。
 すぐに後ろを見ると、確かに折れ曲がったスカートの下から、白いパンツが見えていた。見えているのはお尻なのに、僕は思わず前を手で隠した。
「わっ、わわ…」
 焦ったのと恥ずかしいのとで汗が噴き出した。慌てて立ち上がるとスカートを伸ばしてお尻を隠し、そのまま元居た場所へ引き返そうとすると、「待てよ!」と呼び止められた。
「お前、転校生?」
「は、い…」
 何か目をつけられてしまったのだろうかと、ビクビクしながら返事をすると、「名前、教えて」と言われた。
 答えるべきか戸惑って振り返ると、「俺、三年の座間泰治。よろしくな」と挨拶されてしまい、僕も仕方なく「一年の、宮地マキです…」と名乗った。
 それが泰治との出会いだった。

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