INDEX NOVEL

秘密のピーチパイとチェリーボンボン 〈 10 〉

 朝、いつもの時間に目が覚めると、隣りに泰治の寝顔があった。
 えっ? とビックリして飛び起きると、僕も泰治も素っ裸で、二人で一枚のタオルケットを被っただけの、あられもない姿だった。
「そうだった…」
 一瞬で昨夜の出来事が鮮明に思い出されて、赤面しながら枕に突っ伏した。
 とにかく恥ずかしくて、するするとタオルケットを自分の方へ引っ張って、はだけた胸を隠すようにくるまった。お陰で泰治のあそこが露出してしまい、目のやり場に困ってまたタオルケットを半分だけ泰治の腰にかけてやった。
「はぁ〜〜…」
 ああ、僕たちやっちゃったんだな…と思ったら、知らず識らずため息が漏れた。ううっ、恥ずかしい…、恥ずかしすぎる!
 そりゃ、最後までしてないって事は、奥手な僕でも分かってる。僕はチェリーなままで、尚かつ処女だ。でも、僕にとっては、あれでも充分刺激的な初体験だった。
 男性ホルモンが少ないせいか分かんないけど、自慰だって精々ひと月にいっぺん、それも一回で満足しちゃう程度なのに、二回も立て続けに泰治の手で達かされて、泰治の、あんな…濃いの、かけられちゃって……って、あれ? そう言えば、同時に達した後、そのまま寝入ったはずだけど。
 慌てて股間の辺りを触ったら、すっかり奇麗になっていた。シーツの上にもバスタオルが敷いてあり、泰治が色々後始末してくれたんだと気がついた。
 僕は横になったまま、寝こけている泰治の顔を眺めた。普段は無表情でちょっと怖いけど、こうして寝ている顔はあどけなくて可愛く見える。
 この強面が災いして誤解されやすいけど、泰治は本当に優しい気遣いが出来る忠実(まめ)なタイプの男だった。掃除とか後片付けとか、普通の男が苦手とする雑事も厭わずやってくれるし、加奈子さんは出世しないと言ったけど、適材適所できっと重宝がられる、お買い得な男だと思うんだけどな…なんて、好きなんだと意識した途端、こんな風に思うんだから、僕も大概現金だ。
 自分の考えに恥ずかしくなって、目に入った泰治の無精髭を、意味もなく指先でいたずらしていると、泰治がぱちっと目を開けた。僕を見た泰治は、すごく幸せそうな笑みを浮かべて「はよ…」と言った。
「お、はよう…」
 気恥ずかしくなって目を伏せながら挨拶を返すと、泰治は顔を寄せて僕の頬にキスをした。嬉しくて胸がとくんと波打ったけど、そのすぐ後に、ん? とひっかかるものを感じた。
『こいつ、慣れてる…』
 この、初エッチ(一歩手前だけど)後に二人で迎える初めての朝…なんて状況は、僕にとっては初めて尽くしでおたおたしっぱなしなのに比べ、泰治はものすごく余裕があるんだ。
 …そう言えば、昨日僕とやりながら、他の女とも付き合ったとか言ってたじゃないか!? 途端にムカッときて、僕は下唇を突き出した。
「どうした?」
 泰治はおやって顔をして僕の肩を抱き寄せた。僕は大人しく泰治の腕の中に収まったけど、『この、タラシ野郎』と思って返事をしなかったら、何を勘違いしたのか、「だるいのか?」と言って僕の腰を擦り出した。咄嗟に泰治の手を振り払い、ついでの勢いで言ってしまった。
「泰ちゃんって、今まで何人の人に、僕と同じ事言ったの?」
 ヤンキー系の女子にモテまくっていた中学時代が脳裏に浮かんだ。そりゃ、その時は好きでも何でもなかったけど、何かムカムカして仕方ない。
「はぁ? 意味分かんねぇ」と泰治は訝しげな声を出した。
「だから、好きって…」
「ああ…」
 僕の言葉を遮るように鼻から気が抜けたような声を出して、「そんなら、お前が初めてだ」と言った。
「嘘、昨日、自分で言ったじゃん! 付き合ったって」
 ムキになって嘘だと抗議すると、唇を塞ぐようにキスされて、ぎゅうっと力いっぱい抱きしめられた。ついでに思いっきりお尻も揉まれた。
「確かに、付き合った事もあるけど、自分から付き合おうって誘った事はねぇし、好きだって言ったのは、お前だけだ。だから、安心しろ」
 そう言うと、機嫌を取るように啄むようなキスを繰り返した。
 それって自慢か? と思ったけど、あんまり問い詰めても、何だか立場が逆転したようで面白くないし、あまりエッチすぎないキスの感触が気持ち良くて、そっちに夢中になってしまった。泰治を好きだと意識してから、キスも、ふれあいも、今までとは全然違って感じる。
 泰治はしばらく嬉しそうに僕の唇を吸ったり舐めたりしてたけど、ふと、思い出したように僕の顔をじっと見て、「それより、お前、今日、あいつに気をつけろよ」と真顔で言った。
「あっ…」
 そうだった。今日、田島が午後二時に母屋に迎えに来るんだっけ…。どうしよう。僕はすっかり夢から覚めた心地で青ざめた。
「どこに行くとか言ってたか?」
「ううん…。迎えに来るとしか聞いてない」
「俺がついてけりゃ、いいんだけどよ…。何かあった時のために、すぐ携帯かけれるようにしとけよ」
「うん…でも、僕、携帯もってない」
 泰治は「そうだった…」とガックリと脱力したが、「叔父さんの借りてけよ。そんで、ずっと手に持ってるんだぞ」と念押しし、ぎゅっと抱きしめる腕に力を込めた。
 心配してくれるのが嬉しかったけど、何だか余計に心配になってしまった。
 本当に、田島は一体何を考えてるんだろう。休みが終わったらどうせ東京に帰ってしまうのだから、僕と付き合いたいなんて、からかってるに決まってる。暇を持て余してるんだろうけど、何で僕なんかに目を付けたんだろうか。
 泰治との事は、嘘から出た実(まこと)で、問題は解決した(…叔母さんと叔父さんに、何て言っていいか分かんない)けど、一難去ってまた一難だ。僕の人生はどうしてこうツイてないんだろうと、泰治の胸に頬を寄せて、僕は大きなため息を吐いた。
 それから僕らは一緒にシャワーを浴びて、そこでも盛り上がっちゃって、出し合いっこをしてしまった。僕にはまだ戸惑いがあるけど、泰治は僕のそこに触るのに何の抵抗もないみたいだった。その後も、僕が母屋の遅い朝食へ出るまで、部屋でゆっくりイチャイチャして過ごした。
 今日は僕も泰治もお休みの日だから、時間ギリギリまで泰治は名残惜しそうにしていたけど、「連絡するから」とキスして追い出すと、僕は平静を装って母屋に顔を出した。
 僕がすごくドキドキしながら「おはよう」と声をかけると、叔母さんも叔父さんも普段と変わらず「おはよう、マキちゃん」と言ったけど、ひと仕事終えて食事をしていた加奈子さんと譲さんは「おはよう…」と言いながら、もう、「どうなったんだ?」って問いかけるような、らんらんとした眼差しで見てるから、恥ずかしくって堪らなかった。
 二人ともさすがに口を閉じててくれたけど、誰もいない所で捕まったら、それこそ根掘り葉掘り訊かれるだろうと思って、僕は「あんまり、お腹空いてないんだ〜」と、クロワッサンとカフェオレを入れたカップを持って、そそくさと部屋へ逃れた。
 部屋でもそもそクロワッサンを食べながら、田島…の事は考えたくないから置いといて、泰治の事を叔母さんたちに何て話そうか考えていると、ノックする音が聞こえた。
「は〜い。どなた?」
 返事をしながらドアの横の小窓から外を見ると、叔母さんが立っていた。
「わたし〜」と言う叔母さんの声を聞きながら、僕は大いに狼狽えた。部屋の中を見回して、「ちょっと待ってて!」と怒鳴りながら、大慌てでベッドの上を整えて、変なものがないかも確かめてからドアを開けた。
「どうしたの?」
「うん。今日のお洋服を持って来たの。それと、コレ!」
 叔母さんが僕の前に突き出したのは携帯電話だった。
「叔父さんの?」
「そう。何もないとは思うけど、心配だから持って行きなさい」
 泰治と同じ事考えてるんだと思うと、ちょっと可笑しかった。
 叔母さんに手伝って貰って着替えをした洋服は、泰治と河原へ行った時よりは、幾分大人しい感じのゆったりサイズのチェニックワンピースだった。
 これなら胸が強調されなくていいけど、若干布が薄いのと、ゆったりな故かデザインなのか、首周りが広くて前屈みになると谷間が見えそうなのが気になる。まあ、下着がカップの付いたタンクトップタイプで、色気がないから平気だと思うけど。それにしても……
「スカートじゃない方がいいと思うんだけど…丈が短すぎるし」
「大丈夫よ、パンツも用意してあるから」
 僕の抗議に叔母さんが広げて見せたのは、あろう事かピラピラのキョロットスカートだった。その乙女チック過ぎるデザインに、「いつもの短パンでいいよ」と難色を示したが、「トップと合わないから駄目」と却下された。
「それに、ピラピラしてるけど、けっこう固めの生地でギャザーがふんだんに入ってるから、これなら触られたとしても、あそこがあるの分かんないと思うし」
「えっ? さ、触られる??」
 何を言い出すんだろうとぎょっとして聞き返すと、叔母さんは眉間に皺を寄せ「なんか、あの人、触ってきそうな感じ、するのよね」と予言めいた事を口にした。
「ええっ? でもあの人、『僕は大人だから節度がある』って、叔父さんに言い切ってたよ」
「自分は安全だっていう男が、一番危ないものなのよ。男はみんなオオカミなんだから」
 腕組みして言い切る叔母さんを見ながら、昔の歌じゃあるまいし…と思いつつも否定できない。あの泰治だって、昨日夜這に来た訳だし。まあ、それを部屋に上げちゃったのは僕自身だけど…。もしかして、田島とデートするって事は、飛んで火に入る夏の虫…? ああ、首を縦に振った叔父さんが恨めしい。
「滅茶苦茶、行きたくないんだけど…」すっかり怖気づいてそう零すと、
「だから、常に携帯を握り締めて、座る時は足を閉じて、手で前を隠すようにしておくのよ。もし触られたら、引っ叩いてすぐ電話をかけなさい!」と注意されたけど、行かなくていいとは言ってもらえなかった。
 仕様がないと諦めて、泰治と河原へ行った時に履いたピラピラパンツと、更にピラピラのキュロットを履くと、何だがごわごわ、もこもこした感じで、気持ちと同じように落ち着かなかった。

 田島は午後二時ぴったりに迎えに来た。泰治と初めてデートした時と同じように、田島も「では、マキちゃんお借りします」と叔母さんに挨拶し、僕をアルファロメオ・スパイダーの助手席に座らせると、行き先も告げずに車を発車させた。僕は不安になって見送る叔母さんの姿が見えなくなるまで後ろを振り向いていた。
「まるでドナドナだね…。人買いにでもなった気分だ」
 苦笑する田島に、『その通りだよ』と心で呟いて、「どこへ行くんですか?」と一番心配している事を訊いた。万一何かあった時、そこがどこだか分からなければ、助けを呼ぶ事もできない。
「俺の別荘へご招待。ちゃんと君の叔母さんにも言ってあるから、安心していいよ」
 田島の別荘と聞いて、ちょっと遠いなと思いつつ安堵のため息を吐くと、田島は「君は素直でいいね」と可笑しそうに笑った。
 それからの一時間を越えるドライブは、思ったより苦痛ではなかった。田島は僕の好きなアーティストを聞いてCDをかけてくれたし、お店にいる時みたいに僕に質問もしなければ、自分の事も話さなかった。時々、曲に合わせてハミングしたり、「あっ、鳥だ…」とかひとり言を呟いたり、まるで僕がいないみたいにリラックスした雰囲気だった。
 普段お喋りな人が無口になると落ち着かないものだけど、本来はそれが普段通りと言った感じの田島に、僕も緊張を緩めてドライブを楽しみ出した。
 だって、アルファロメオなんて初めて乗るんだもの。僕だって男だから、車は嫌いじゃない。こんな高級車、滅多にお目にかかる事もないのに、それに乗ってるんだと思うと純粋に興奮する。
 アルファロメオ・スパイダーはオープンカーなんだけど、今日は暑いからかメタルトップは閉められている。黒の本革シートは硬いのに座り心地は悪くない。風を受けて走るのって、どんなだろうと想像してわくわくした。
 キョロキョロしていると、田島が勘違いして「お水飲む? ペットボトルあるよ」と言った。僕は首を振ってちょっと興奮気味に、「オープンにしないんですか?」と訊いた。田島は少し驚いた顔をして、「いつもは開けてるけどね…。この時間は日焼けするけど、いいの?」と聞いた。僕が頷くと田島は一度路肩に止めてメタルトップを開けてくれた。
「マキちゃん、車好きなの?」と訊くので、思わず頷きそうになったけど、女の子が車好きって変なのかなと思って「だって、こんな車、滅多に乗れないから」と無難に答えると、「これからはいつでも乗せてあげるよ」と笑った。
 しまった…と思ったけど、田島は特に他意はないような顔で車を発車させると、また鼻歌を歌いながらすごく楽しげに加速させて行った。
 湿気と雨の多い日本でオープンカーに乗るなんて、カッコ付けの為だけだと決めつけていたけど、田島は純粋に運転が好きなんだろうと思えた。僕は横目でちらちら観察しながら、ちょっとだけ、田島が嫌ではなくなった。
 午後の日差しは確かに強烈で、帽子を被って来なかったのは失敗だったけど、風を受けて緑の多い山道を走るのは爽快な気分だった。そうして、初めて体験するオープンエアーのドライブに夢中になっているうちに、田島の別荘へ着いてしまった。
 田島の別荘は、思ったよりも質素だった。もっと洗練されたデザインの別荘を想像してたけど、うちのペンションと似たような、ごく普通の小さなログハウスだった。母屋よりも車を駐車させた隣りのガレージの方が、新しくて立派だった。
「入社一年目の夏と冬のボーナスをつぎ込んでを買ったんだ。まあ、隠れ家なんて、この程度が無難でしょう? 誰も来ないしね」
 僕があまり不躾に見回してしまったせいか、田島は肩を竦めた。
「誰も?」
「そう。ここには “ 引きこもり ” する為に来てるだけだから」
 そう言いながら田島は別荘の鍵をあけ、どうぞと言って僕を招き入れた。
 用意されたスリッパを履いて、リビングに通じる扉を田島が開けた途端、小さな茶色い塊が飛び出して来たので、僕は思わず悲鳴を上げた。
 田島はその小さな塊を抱き上げて、「こら、ジョン! 驚かしちゃ駄目だろう?」と話しかけた。ジョンと呼ばれた塊はトイプードルで、赤い舌を出して嬉しそうに田島の顎の辺りを舐めた。
「い、いぬ?」
「そう。ごめんね、驚かして。これがいるんで、遠出は出来ないんだよ」と言って、僕の前にずいっとジョンを突き出した。ジョンは人なつこい性格か好奇心旺盛なのか、初めての僕に警戒する様子もなく、田島にしたのと同じ親愛の情を示そうと、はあはあ言いながら赤い舌をペロリと出したので、僕は思わずたじろいだ。
「犬、嫌いかい?」
「き、嫌いと言うか…、慣れてなくて…」
 猫も犬も飼った事がないから、どう接していいか分からない。
 たじたじしている僕を見ながら「可愛いのに」と、さも残念そうに呟く田島を見て、すごく意外な気がした。確かに河原で会ったとき、あそこは犬の散歩コースだと言っていたけど、まさかこんな小さな愛玩犬を飼っているとは思わなかった。
「じゃ、慣れようか」田島は僕の胸にポンとジョンを押し付けた。
「えっ、ええ?」
 不安定な姿勢が怖かったらしいジョンが、僕の胸の辺りに小さな前足をかけてきゅっとしがみついたので、仕方なくジョンの身体を受け取ると、田島はさり気なく僕の肩に手を回し、だだっ広いリビングの奥に設(しつら)えたソファへ連れて行った。嫌も応もなかった。僕は三人がけの大きなソファに座らされ、「ジョン、見てて」と犬のお守りを命じられた。
 田島はリビング中央のカウンター式のキッチンに行き、流しの下の備え付けの冷蔵庫からお茶のペットボトルを出して、グラスに注いで僕の傍へと戻って来た。
「はい、どうぞ」
「あっ、どうも…」
 僕がぎこちなく礼を言うと、田島は笑いながら僕からジョンを受け取って、僕の前の一人がけの肘付きソファへと腰を下ろして足を組んだ。ジョンは田島の膝の上に下ろされると、コロンと大人しく横になった。それがいつもの定位置なのだろう。さっきは意外な気がしたが、こうして見ると絵になっている。
「さて、マキちゃん」
 ぼうっとジョンを見ていた僕に、田島は改まった声で話しかけた。
「は、はい…」思わず緊張して返事をすると、「そんなに緊張しなくても、今日は何もしないよ」と、初めて会った時のような薄ら笑いを浮かべて言った。
「ただ、ちょっとお願いがあってね。マキちゃんの身体、確かめさせて欲しいんだ」
 僕ははっとして田島を見つめた。
「た、確かめるって何を…」
 僕は怯えた。訊かなくても、予想はついた。バレてる? 何故? どうして?
 どきどきし過ぎて肩が震える。大丈夫、そんな事ない、しっかりしろと自分を叱咤して、キュロットのポケットに手を入れて、携帯電話を握り締めた。まるでお守りを触ったみたいにほっとして、僕は田島を睨みつけた。
 田島は僕の顔を見て苦笑すると、背もたれに沈むように凭れてジョンの頭を撫でながら、さっきよりもはっきりした口調で言った。
「君が、本当に男の子かどうか、確かめたいんだ」
 田島の言葉に息を呑むと、自分でも呆れるくらいに動揺した。僕はやっぱり叔父さんに似ていると思う。落ち着け、落ち着けと呪文みたいに唱えながら、叔母さんに言われた通り、咄嗟に膝をくっつけて、携帯を握り締めた手で股間を上から隠すように押さえつけた。別に触られた訳じゃないけど、叫び出したい程怖かった。
「わたし、女です…」
 やっとやっと、そう答えたけど、田島は薄ら笑いを浮かべたまま、「うん、俺もそう思ってた。立派なオッパイついてるの、この目で見てたしね…」と言った。
 僕は真っ赤になって田島を睨みつけた。やっぱりあの時、しっかり見られてたんだ。怒りで少し頭がしっかりしたけど、身体の震えは止まらない。
「…だったら、変な言いがかり、つけないでください…」
「言いがかりじゃないよ。調べたもの」
「えっ?」
「君の戸籍、調べたから」
 その言葉に、僕は雷に打たれたようにソファの上で飛び上がった。
 子どもの頃、嘘がバレる時、僕はいつもこうなった。そしてすぐに、怒られる恐怖と緊張で涙が流れた。最初はいつも「泣けば済むと思って…」って詰(なじ)られるけど、大抵の人はちょっと困った顔をして許してくれた。泰治だって、騙していたのに許してくれて、男でも好きだと言ってくれた。
 でも、田島は僕の顔を見ると、くっと唇の端を上げて嬉しそうに笑った。
「本当に、女の子みたいだね…。でも、泣いたって誤摩化されない。君は男の子だろう?」
 勝ち誇ったように囁いた田島の顔を、僕は恐怖で泣く事も忘れ、ただただ茫然と眺めた。

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