INDEX NOVEL

真冬の幽霊 〈 3 〉

※ 性描写があります。未成年の方はお読みにならないでください。

 寮から三原に引き摺られるようにして地下鉄に乗り、連れて来られたのは新宿だった。
 三原はデパートを繋ぐ地下道のコインロッカーへ向かい、借りていたロッカーの鍵を開けると、中からしわくちゃの大きな手提げ袋を取り出して亨に押しつけ、顎をしゃくって数メートル先のトイレへ行くよう促した。
 中身は見なくても分かっている。女物の洋服と靴から簡単な化粧道具、ご丁寧にウィッグまで入っているのだ。寮の空き部屋を使う当てが外れた時点で、亨に女装させてホテルに入るつもりなのは分かっていた。ただ、場所はいつも三原の気まぐれで変わったから、どこへ行くのかは分からなかった。
 亨は黙って手提げ袋を受け取ると、大人しく男子トイレの個室に入った。便座の蓋を下げて手提げ袋を載せると中から服を取り出して怖々広げる。前あきボタンのチェニックワンピースで少しほっとするが、その下から転がり出てきたレースの下着を見て苦々しい想いに駆られた。亨は見なかった振りをして下着を袋に戻すと、頭からワンピースを被って着替え始めた。
 女装をさせられるのはこれで四度目だ。一度目はトイレの個室に連れ込まれ、無理矢理着替えさせられた。亨は途中で怖くなり泣いて嫌だと拒否したが、業を煮やした三原にそのままトイレで事に及ばれ、絶望的な恐怖と羞恥を味わった。幸いオフィスビルだったため、最後まで人の出入りはなかったけれど、あの時の事を思えば女装してホテルへ入る方が何倍もマシだった。
 初めてスカートで街を歩いた時は、すれ違う人々にオカマだと後ろ指さされるのではと、生きた心地がしなかったが、帽子を目深に被り、がたいの良い三原に肩を抱かれていたせいか、誰も亨を気にする者などいなかった。
「お前は華奢だし女顔だから、ぜってぇバレないって、俺が言った通りだっただろう?」
 ホテルの部屋へ入ってから、三原は得意げに笑いながら亨のスカートを喜々として脱がした。その時の事を思い出すと、心の中を風が吹き抜けるような虚しさに襲われる。こんな苦労をしてまで、どうして三原は男の自分を抱くのだろう。そして、これほど自尊心を傷つけられてまで、どうして自分はあの男と一緒にいるのか。
 三原が用意した手鏡を覗き込み、口紅をつけながらセミロングの見知らぬオカマの顔に問いかけるが、余計虚しくなっただけだった。
 亨は脱いだ制服と革靴を手提げ袋に入れると、静かに個室の扉を開けて下を向きながらそそくさと外へ出た。すれ違いに入ってきた男性にギョッとされたが、素知らぬ顔で足早に三原の元へ向かった。
 短ブーツにレギンスにフリースのチェニックワンピース、その上にファーのついたコートを着た亨は、とても男子高生には見えなかった。三原は満足げに頷くと亨の肩を抱き寄せて地上へ出る階段を上った。
 向かった先は当然ホテル街で、一番最初に見かけたコンビニでカップ麺とサンドイッチを買うと、これまた一番最初に見かけた小さなホテルに入った。外観はビジネスホテルかカプセルホテルの様で、まさかちゃんとしたフロントマンがいるのではと亨は焦ったが、中のつくりは他のラブホテルとそう変わりがなかった。
 三原が勝手知ったる風情で部屋を選び、手元しか見えない受付で支払いを済ませるのを、亨はエントランスに置かれた病院の待合室にあるような黒いビニールの腰かけに座り待っていた。時間が早いせいかあまり客は入っていない。使用中を示すライトが点いた部屋の写真を見るともなしに眺めていた。
「行くぞ。どうした?」
 手招きする三原のあとをのそのそ付いて歩くと、ぐいっと腕を引っ張られエレベーターに乗せられた。また抱えられるように肩を抱かれ、「腹減ってるのか?」と窺うように聞かれた。亨は無言で首を振ったが、三原は「一発やったら飯にしようぜ」と先ほど買った食料の入ったレジ袋をガサガサと振って見せた。
 五階の三室しかない一番奥の部屋へ入った。中央にダブルベッドと、不釣り合いに大きな鏡しかない狭苦しい部屋だった。入口の壁際の棚に、ポットと湯飲み茶碗と灰皿が置いてある。まさにビジネスホテルといった内装で、寝具類も前に入ったラブホテルと違って味も素っ気もない白だったが、その分清潔そうに見えた。
 亨はコートを脱ぐとクローゼットを開けてハンガーに掛け、ベッドに置かれていた浴衣を手に持って浴室へ入ろうとした。
「そんなに急がなくても大丈夫だぜ」
 そう言って三原に腕を引っ張られた。怪訝そうに三原の顔を見上げると「泊まりにしたからゆっくりヤろうぜ」と笑いながらベッドへ押し倒された。
「とっ、泊まり?」
「ああ。ここ安いんだ。どんなだろうなぁって前から目をつけててさ、この前使ってみたら結構悪くなかったから、あそこが駄目ならココにしようとは思ってたんだ。今日の服、良く似合うぜ。面倒な事しないで、最初からここにしとけば良かったな」
 この前使ったとの台詞に、胸の奥が冷める思いがした。別に付き合っている訳ではないのだから、三原がどうしようと知った事ではないのに、別の誰か、恐らくは女の子とこのベッド…かどうかは知らないが、寝たのだろうと思うと急に不潔に感じた。
「泊まりは、困る」
 上から伸しかかる三原の胸を押し返して睨み付けた。寮でやろうと何処でやろうと構わないが、泊まるつもりは毛頭なかった。だから母親にも何も言っていない。塾のない日だから友だちの家に行くとは言ったが、泊まるなら連絡しないといけないじゃないか。人の都合もお構いなしに勝手に決めてしまう三原が恨めしかった。
「もう金払っちまったし、明日は日曜なんだからいいだろ、別に」
 三原はそう嘯くとキスしてきた。思わず振り払うように顔を背ける。それが気に入らなかったのか、強い力で頤を掴まれて噛み付くように唇を塞がれた。息苦しさに口を開くと舌が入ってきて、逃げ惑う亨の舌を追い掛けて口内を蹂躙する。
 生々しいキスは嫌いだった。好きでもないのにキスするなんて嫌悪の何物でもない。腕を突っ張って逃れようとするが、レギンスの上から急所を掴まれて動きが止まった。痛みがくる事を予想してぎゅっと目を閉じたが、予想に反してやわらかく揉まれて震えが走った。
 着替える時、ぴっちりしたレギンスはトランクスを着けたままでは履きにくく脱いでしまったから、直に触られているのと同じだった。否、収縮性のある繊維に包まれている分、摩擦が大きくて余計に感じてしまうのだ。おまけに、中央に走る縫い目が鈴口に喰い込んで追い打ちをかける。
「あっ…」
 ぞくぞくするような排泄感のあと、レギンスが濡れるのを感じた。三原は繊維に染み出した粘り気のある先走りを塗り広げるように、指先で先端を撫で回した。
「あぁっ、あっ…ぁ、やっ…」
 嫌なのに甘ったるい声が自然と零れてしまう。抵抗を止めて力を抜くと三原が笑った気配がした。
「ほら、もうこんなに濡れてるじゃんか。お前だってしたかったんだろう?」
 嫌らしく耳元で囁きながら、三原は亨の着ているチェニックワンピースのボタンを外し始めた。途中まで外すと今度はレギンスを膝まで引き下ろした。そうして中途半端に脱がしかけた亨の身体を、背中から羽交い締めするように抱き起こし、壁に掛かる大きな鏡に向き合わせた。
「せっかく用意したレースの下着、着けなかったんだな。でも、これはこれで、や〜らしい眺め…」
 鏡に映った亨は、片肌脱げたチェニックの合わせから起ち上がった乳首が覗き、無理に起こされたために広げた膝の間から雫を垂らす雄蘂が飛び出していた。
「いやだっ!」
 見てはいけないものを見た気がして悲鳴を上げて顔を背けた。ウィッグを着けているから、まるで知らない人が強姦されているような眺めだった。自分ではない気がするのに、それが却って嫌悪感を煽った。身を捩って三原の腕を逃れようとすると、拘束する腕に力を入れられ動きを封じられた。
「男は視覚で興奮する生き物なんだぜ…ほら、お前の恰好よく見てみろよ。エロくてすげぇ感じる…」
 耳に息を吹き込むように囁かれ、亨は腰が砕けた。耳が酷く弱いのだ。それを知っていて三原はよく亨の耳を嬲る。舌先で舐められる感触と音に耐えられず、背中から三原の胸に頽れた。
 三原は凭れかかる亨の身体を抱え直すと膝を大きく広げさせ、鏡の中の自分たちに見せつけるように片手で亨の雄蘂を扱き、もう片方の手で硬く起ち上がった乳首を弄んだ。
「はぁっ、あん…あっ…ぁ…」
 嫌だと思うのに、執拗に攻め立てる指の動きには抗えず、自然と腰が揺れてしまう。
「イイんだろう? こっちまで濡れてくるぜ…」
 上擦った三原の声が耳元で囁く。亨の痴態をつぶさに眺める事でいつもより興奮したのか、慌ててジーンズの前を開くと亨の尻のあわいに硬いものを擦りつけた。熱い怒張が窄まりを掠めてとおる感触に戦いて、亨は薄く目を開けた。目の前の鏡には、あられもない恰好で善がり狂う自身の姿が映っていた。
 自分がしたかったのは、欲しかったのはこんな事なのだろうか。
 脳裏に、別れ際に見た武大の厳しい顔が浮かび上がり、『違う…』と激しく首を振って否定した。こんな事じゃない。違う、違う、ちがう…。
 突然、鋭い痛みが走り抜け、亨の思考は断ち切られた。まるで考えが読まれていたかのように、「集中しろよ」と三原が苛ついた声音を出して窄まりに指を突き入れたのだった。
「ひっ、あっ…待って…、ま…って…、あっ、あああっ…」
 指は即座に亨の泣き所を見つけ出し容赦なく突いてくる。同時に前も扱かれて、亨は懇願する間に白濁を吹き上げてしまった。
 三原はその様子をさも愉しげに眺めながら「良かっただろう?」と笑い、亨の精液で汚れたチェニックスカートの裾を掴んで頭から脱がすとウィッグも一緒に取り去った。汗で額に張り付いた亨の髪を指で梳いて直してやりながら、こめかみにキスして耳を噛む。「今度は俺の番な?」と優しく甘ったるい声で囁き、亨の身体を前のめりに倒すと窄まりに押し込んだ指を増やして出し入れし、自身を埋め込む準備に取りかかった。
 放ったばかりで敏感になった身体は、過ぎる快感に為す術もなく震え続ける。ふと鏡に映る、だらしなく口を開けたまま俯せて尻だけ持ち上げた自身の姿を目にして戦慄が走るが、すぐに顔をシーツに押しつけて見ないようにした。
 やがて指が引き抜かれ、ほっとする間もなく熱い楔が後孔を押し広げ、襞のうねりを逆流するように突き進んできた。裂かれるような熱さと痛みで全身から汗が染み出してくる。喉を鳴らして息を吐きながら力を抜いて何とか迎え入れる。
 そんな亨の苦労にはお構いなしに、三原は腹側の前立腺を抉るようにして腰を進めてくる。排泄感を伴う強い快感が背筋を駆け抜け、亨の目の奥で火花が散り、涙になって溢れ出た。
「あっ、あっ…んっ…」
「ああ…、すげぇ…イイぜ、お前のなか…」
 亨の艶っぽい吐息に煽られたのか、三原は荒い息を吐きながら性急に腰を打ち付ける。これが、あとどれくらい続くのかは三原の気分次第だ。そうしてまた無理矢理射精を促される。どのみち亨は先に果ててしまうから、あとは快楽の波間で朦朧としながら終わるのを待つだけだ。けれど、いつもと違って一度達ってしまったせいか、次の絶頂がなかなか訪れない。
 果てしなく続く快感の苦痛にぎゅっと目を閉じて耐えていると、またしても武大の顔が浮かんで悲しい気持ちに襲われた。嫌だった。もう止めたかった。
 亨は目の奥に浮かぶ武大の顔に向かって、『助けて…』と心の中で救いを求めた。すると、耳の中で『亨くん…』と自分を呼ぶ懐かしい正秋の声が聞こえ、全身がジワリと痺れるように総毛立った。 耳元を掠める三原の喘ぎが、まるで正秋が喘いでいるように聞こえた。
 亨は目を閉じたまま、今、自分を抱いているのは正秋なのだと思った。腰に添える手も、身体の中を行き来する熱い塊も、正秋のものだと。そう思うと、徐々に身体が熱く昂ぶるのを覚えた。
「あっ、あ…ぁ…ん」
 不思議と、うなじをきつく吸い上げる唇を、正秋に置き換えようとすると武大の顔が浮かんでしまうのだが、少し肉感的な彼の唇が這っているのだと想像すると、余計に感じて堪らなかった。前どころか窄まりすらも疼いてしまって、腰を振りながら抽挿を阻むくらいきつく肉棒を締め付けた。
 亨の昂ぶりが伝わったのか、三原は亨の前を扱いてやりながら自身も激しく追い上げて、獣のように一声唸ると亨の中へ熱い飛沫を迸らせた。
 亨はその声と手淫に促され、絞り出すように射精した。そのまま正秋とも武大ともつかない、好きな男の面影に抱かれる夢を見ながら意識を手放したのだった。

 気がつくと、亨は一人でベッドに寝ていた。煌々と蛍光灯が灯る室内に三原の姿はなく、シャワーを浴びているのか浴室から水音がしていた。自分もさっぱりしたいと思ったが、身体が思うように動かなかった。
 そっと自分の身体に触ると、浴衣がきちんと着せられていた。足を動かしても濡れた感触がしないから身体も拭ってくれたのだろう。シーツも替えなどあったのか知らないが、汚れたものとは違う糊の利いた清潔な感触がした。
 最初の時は別として、三原は意外とこうした気遣いをしてくれる。これで態度がぞんざいでなければいいのに…。そんな風に思うのは身勝手なのだろうかと、亨は小さくため息を漏らした。
 亨はベッドの中からのろのろと這い出して、クローゼットに掛けたコートから携帯を取り出し時間を確認した。十一時を少し回っていて、帰りが遅い事を心配した母親からメールが届いていた。着信がなかった事にほっとして、生徒会の仕事が長引いたので、今日は会長の相馬の家に泊まらせてもらうと、嘘のメールを返信した。
 誰の名前でも良かったが、理事長の息子である相馬の名前を出すのが一番通りが良い。すぐにメールが届き、ご迷惑のないように、よくお礼を言うようにと書かれてあった。亨は罪悪感に襲われて携帯を持つ手が冷たくなった。
 直接電話しなくてもメールで簡単に許してくれるのは、亨を信じているからだ。本当は勉強や学校の用事ではなく、男と寝るために外泊するのだと知ったらどうなるだろう…。もし、この性癖がバレてしまったら、世間体を気にする母親は一体どんな反応をするのだろう? そう考えると、いつも、いつも、恐ろしくなった。
「起きたのか?」
 振り向くと、三原が腰にバスタオルを巻いた姿で浴室から出てきたところだった。亨は頷いて、そそくさとベッドへ潜り込んだ。三原は半裸の状態のままコンビニの袋を漁ってカップ麺とサンドイッチを取り出し、サンドイッチを亨へ投げて寄越すと自分はカップ麺の包装を剥いでポットの湯を注いだ。
 サンドイッチは腹に当たって脇へ転がったが、亨は手に取ろうとしなかった。三原が「食わねーの?」と不満げに聞いた。
「食欲ない…」
 目を閉じて仕方なしに答えると、三原は「ふ〜ん」と生返事をした。また何か文句を言われるかと思ったが、文句の代わりに部屋の扉が開閉する音が聞こえた。暫くしてまた扉の音がして、亨の額に冷たい物が押し当てられ慌てて目を開けた。
「少しは腹に入れろよ」と言って渡されたのは、野菜ジュースの缶だった。三原は浴衣を無造作に羽織った恰好で、エレベーターの前にあった自販機まで買いに行ったらしかった。
 頼んだ訳ではないが、わざわざ買って来てくれたのだからと、「ありがとう」と小さく礼を言うと、三原はニヤッと笑っただけでカップ麺をズルズルと食べ始めた。亨も起きてジュースを飲んだが、飲み終えるとすぐに横になった。腰が辛い。後からされただけだから、それ程辛くはない筈なのに、どうにも腰が痛かった。
 早く家に帰りたい…。泊まるのなんか嫌だった。さっきみたいに気絶でもしなければ、こんなところで眠れる気もしない。涙が滲みそうになって亨は慌てて目を閉じた。
 そのままじっとしていると上掛けが剥がされて、隣に三原が入ってくる気配がした。出来るだけ端に寄ろうとして身動ぐと同時に、三原が亨の腰を跨いで乗っかってきた。そのまま両手首を掴まれてシーツに縫い付けられ、三原の顔が迫ってくる。
 またキスされるのかと顔を背けると、予想に反して掴んだ両腕を引っ張られ、まるで平泳ぎの水かきをするように頭上に持ち上げてから左右に広げられた。何をするのかと思わず三原を見上げると、どこかうっとりと見惚れるような表情で亨を見下ろしていた。
「首は左だろ…」
 三原は顔を振って亨に左を向くように指示する。訳が分からないまま言われた通りにすると、左腕は伸ばしたまま、右腕の肘を曲げるようにして頬の横へ持ってきた。それはまるで和弓を引く時の構えだった。
「な、に…?」
「お前はやっぱり、浴衣とか似合うよな…。まだやってんだろう? 弓道。白筒袖って言うんだっけか、あれ着たお前を初めて見たのは、中学の弓道場でだった。俺、中学までお前と一緒だったんだぜ。知らなかっただろう?」
 突然の告白に瞠目して三原を見上げた。
 亨の通う新星学園は中高一貫の進学校だ。同じ中学と言う事は三原も受験して新星に入学した事になる。でも、三原は今、相馬高校という同じ学校法人だが男女共学の商業科へ通っている。学費が払えないとの理由で進学を諦める生徒は毎年何人もいるが、三原は私立高校へ通っているのだから資金の面ではないのだろう。赤い髪と耳を飾る無数のピアス。理由はその辺だろうと簡単に想像がついた。
「俺はよく覚えてたよ。だから、溜まり場近くの、あの塾に入って行くお前を見た時、すぐに分かった。それからずっと、いつ声を掛けようか機会を狙ってた。一度は諦めたんだ…けど、あの時、何か運命感じちゃったよ」
 物思いに浸っていた亨は三原の言葉で我に返り、どういう事かと激しく動悸がし始めた。
「駄目もとで声かけて断られなかったから、脈があると思って嬉しかったぜ。だけど、お前ちっとも感じてないみたいだから焦ったよ。女だったらすぐに善がってゴロゴロ鳴き出すのにな。だから、この間初めて二丁目で男誘ってさ、色々聞いたんだ。お陰で今日はすげぇ感じてたみたいだったから、苦労した甲斐があったよ。お前を大事にするって言ったのは嘘じゃないんだぜ。好きなヤツには良くしてやりたいからな…」
 何を言っているのだろうと、理解出来ないまま呆然としている亨の手首を離し、三原は亨の浴衣の合わせを掴んで左右に大きく割広げた。亨の胸がはだけて露わになる。はっとして慌てて手で隠そうとするが、逆にまた手首を取られてシーツに押しつけられる。三原はそのまま亨の乳首に吸い付くと舌先で捏ねくり回した。
「いやっ…だぁ…あぁ…」
 亨は呻いて身体を震わせた。嫌だった。もうこれ以上はしたくなかった。でも、三原はいつも自分のしたいようにする。何とか止めてもらう方法はないか、混乱して回らない頭を巡らせたが良い方法など浮かばない。
「お願い…もう…今日は、いや…。腰が、痛くて…だから、お願い…やめ、て…」
 亨は瞳に涙を浮かべて胸の上の三原を見つめ、思いつくまま言葉を並べて必死に懇願した。
 三原は亨の顔を見ると少し息を呑み、「仕様がねぇな…」と呟いて、亨の上から下りると隣に寝そべった。そうして亨の身体を抱き込んでぴったり身体を寄せると、うなじに顔を付けて深いため息を吐いた。
「まあ、さっきも寝てるお前を抱かせて貰ったからな…。まだ物足んねぇけど、我慢するよ」
 そう耳元で囁いたあと、亨の腰を撫でて「痛いのか?」と聞いた。亨が信じられない思いで言葉もなく頷くと、三原は亨の腰と頭を撫でながら、亨のこめかみや頬に恋人にでもするような優しいキスを繰り返した。
 亨は三原のされるがまま、その腕の中で息を殺してじっとしていた。早く、早く、朝が来るようにと、ただひたすらに願いながら。

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