INDEX NOVEL

一握の砂 〈16〉

※ 性描写があります。18歳未満の方はお読みにならないでください。

 部屋に入ってからも、修二は聡と顔を合わせようとしなかった。杖をつきながら、真っ直ぐに窓際まで行くと、背を向けたままずっと窓の外を眺めていた。
 聡は部屋に備え付けのティーバックでお茶を入れ、部屋の中央にあるテーブルへ運ぶと独り掛けのソファへ腰を下ろした。頑なに自分を拒絶している背中を見ると、気持ちが挫けそうになったが、ここで退いては全てが水の泡だと自分を励ました。聡は気持ちを引き締めると修二に声を掛けた。
「修二、こっちに来て座って。少し、長くなると思う。疲れさせたくないんだ。座ってくれ」
 最後は命令的に言うと、修二はゆっくりと振り返った。少し困惑した顔で戸惑っていたが、諦めたようにため息をつくと、聡と向かい合うように三人掛けのソファに座わり、視線を交わした。
 聡はじっくりと修二の顔を眺めた。偶然の再会をしてから一ヵ月、漸くここまで来たのだ。髪を染めた修二は、七年の月日を忘れてしまうほど昔のままで、二人の距離を一挙に縮めてくれるような気がした。
「この間は、眼鏡掛けていなかったよね。視力、落ちたの?」
「伊達だよ。度は入って無い…。それより、話って何?」
 修二は取り付く島もない調子で、眼鏡を外してテーブルの上に放り投げると視線を逸らして俯いた。
 聡は深く息を吸って立ち上がり、修二の前まで来るとそのまま絨毯の上に膝をついた。はっとして顔を向けた修二の視線を捉えた後、膝の前に手をついて頭を床に付けんばかりに土下座した。
「修二、済まない。どうか、僕を許して欲しい」
「なっ、何してるんだ…。止めてくれ!」
 修二は震える声で制止したが、聡は止めようとしなかった。何度止めるように言っても額ずいたまま許して欲しいと繰り返す聡に、業を煮やした修二はソファから滑り降り、その手を掴んで上げさせようとした。
「止めろ! 許すも、許さないも無い! 謝る必要なんか無いんだ!」
「じゃあ、どうして会ってくれない。何故、嘘の連絡先を教えたんだ。許してくれたのなら、もう、わだかまりが無いと言うなら、僕に会える筈だろう?」
 聡は顔を上げ、逆に修二の両手を握りしめると自分の胸に引き寄せた。すぐ目の前に引き寄せられ、熱を帯びた聡の視線をまともに受けた修二は戦いて手を振り解こうと暴れたが、聡は難なく片手で修二の両手首を拘束し、もう片方の腕を背中に回すと抱き寄せて動きを封じてしまった。
 修二は暫く聡の胸の中で藻掻いていたが、やがて荒い息をつきながらぐったりとして動かなくなった。それでも顔だけは背けて投げ遣りに答えた。
「どうしてかって…、俺たちの関係は疾っくの昔に終わっているんだ。賢造に何を訊いたか知らないが、今更、会ってどうする…」
 聡は静かになった修二の両腕を離すと、その手で修二の頭を抱き寄せ耳殻に唇を押しあてた。
「終わってない、何も。あの時から、僕はずっと逃げ続けていた。修二からも、自分からも。そして修二も、自分の本当の気持ちから逃げている。違うかい?」
 耳殻からダイレクトに伝わる振動が堪らないのか、修二はまた身を捩って逃げ出そうとした。聡は抱いている腕に力を込めて拘束を強めると、その形の良い耳殻をなぞるように舌を這わせた。瞬間、修二は切なげな声を洩らした。
「あっ! 聡…、い、やだ…。止め…離して…」
「修二が、僕の話す事を、きちんと聞いてくれるなら…。そして修二も、気持ちを偽らずに、その心の内を聞かせてくれるなら、離してあげるよ…。約束できる?」
 耳に直接吹き込むように話し掛けると、修二は喘ぎながらこくこくと頷いた。無我夢中でした行為だったが、上気した薄赤い頬をして、とろりと濡れた瞳で見上げる修二の表情に、自分の与える愛撫を嫌がっていない事を確かめると、聡の心は安堵と歓喜に満たされた。
 聡は立ち上がり、修二の脇を抱え上げて後のソファへ座らせ、自分もその隣へ腰掛けた。ほっとしたように息をついてソファに凭れた修二は、その心の内を覗かせた顔を隠すように横を向いた。聡は修二の左手を手に取って膝の上の乗せると、両手に包み込んで懺悔するように語り出した。
「僕は修二と別れた事を、ずっと後悔していた。あの時は自分の気持ちで一杯いっぱいで、修二を思い遣る余裕すら無かった。傷つけて、本当に済まなかった。許して欲しい。僕は、初めて会った時からずっと修二が好きだった。好きで、好きで、修二の全てが欲しかった。全てが欲しいのに、近づけば近づくほど、分からない事も増えた。再会した時言っていたね、僕を欺いていたって…。修二が隠している事、全てでは無いけど何となく分かっていた。でも何故それを隠すのか疑問だった。恋人なのに、心の内を少しも明かしてくれない事が寂しかったし、情けなかった。このままじゃ、誰かに取られそうで、不安で…。僕は、田辺との仲を邪推した。ずっと田辺に嫉妬していたから」
「賢造に?」
 修二が驚いたような声を上げて振り向くと、聡はその顔に苦笑して返した。
「そうだよ。高校生の時からずっと。従兄弟なんだってね。田辺から訊いたよ。でも、そう訊いても、この気持ちは消せなかったろうね。修二に近づく男はみんな恋敵だった。恥ずかしい話だけど、恋人と男友だちの境目は、肉体の繋がりが有るか無いかだと思っていた。修二を独り占めしたかった僕は、より深い、確かな繋がりが欲しかったんだよ。馬鹿だよね。経験も無かったし、若かったと言えばそれまでだけど、それが自分の首を絞める事になったなんて…」
 話を聴きながら辛そうに眉を寄せた修二は、聡の握った手を僅かに握り返した。その反応が嬉しくて、目を細めて見詰め返した。
「再会して、修二は僕を立派になって見違えたと誉めてくれたけど、それはね、修二のお陰なんだよ。別れた後もずっと修二の事を思い出して手本にしてきた。修二を想う事がそのまま僕の生きる指針になっていた。母もね、今の僕を認めてくれているよ。本当に修二のお陰なんだ。今の僕があるのは修二との出会いがあったから…」
「それは違う」
 修二は間髪容れずに否定した。真っ直ぐに聡の目を見ながら諭すように言った。
「聡は、もともと聡明で芯が強かった。俺の事を支えにしていたとしても、直面した物事を判断し、より適切な物を選び取ってきたのは聡自身だ。誰のお陰でも無い、自分自身の力なんだよ。俺に出会わなかったとしても、きっと聡は立派にやってこれたさ。これからだって――」
「修二! 僕には足りないものがある!」
 修二の台詞を皆まで言わせず、激した声で遮った。自分がいなくても一人で生きていける――そう続くであろう言葉を言わせたくなかった。苦渋に満ちた聡の顔を、修二は驚きに瞳を揺らしながら黙って見詰めた。
「僕は、本当はそんなに立派な人間じゃない。私生活では最低の人生を歩んで来たんだよ。まるで二重人格だ…。修二と別れてから節操無しに、それこそ数え切れない男と寝て来た。一夜限りの行きずりの相手なんて顔も覚えていないよ。酷いだろう? 修二が、そんな僕を汚らわしいと思うなら、額ずいてひたすら詫びるしか出来ない。過去は消せないからね。気が済むまで何度でも謝るから許して欲しい。満足出来なかったんだ、誰とも。誰と寝たって同じだった。だって、修二じゃないから…」
 聡は言葉を紡ぎながら、繋いだ手に力を込めて引き寄せた。修二は不意をつかれてそのまま聡に抱き込まれたが、先ほどのような抵抗は見せず、大人しく聡の話に耳を傾けた。
「僕に足りないのは修二だよ。ずっと忘れられなかった。ずっと修二を想っていた。修二を失ってから、胸に穴が開いたままなんだ。修二じゃなきゃ埋められない。確かに、この先、修二がいなくても生きていく事は出来るよ…、埋まらない虚しさを抱えたままね。これが、修二を傷つけた僕への罰だと思っていた。修二に再会するまでは…。ねえ、修二、僕を許してくれると言ったね。でも、修二が側にいなければこの穴は塞がらない。愛してる、修二。愛してるんだ。もう一度やり直したい…。
 駄目かい? 僕はこの先もずっと、この罰を甘んじて受け続けなければいけないのかい? 修二に似た男を探して、この先もずっと――」
「聡!」
 祈るように語り続ける聡の台詞を、今度は修二が遮った。叫ぶように名を呼んで聡の首に右腕を回して縋りついた。聡は鼻先にその懐かしい匂いと体温を感じると、堪らず両腕でその身体を掻き抱いた。愛しさが駆けめぐり体中の血が騒く。最初に抱きしめた時から、理性の箍が飛びそうになるのを必死で耐えていたが、もういつまで持つか分からない。
 熱を逃がすように何度も修二の名を呼ぶと、それに答えるように修二は聡の頬を撫でながら
「もう、いいから…。もう、苦しまなくていいから…」と掠れた声で囁いた。
 首筋に温かいものを感じてその顔を見ると頬が濡れている。聡は田辺の言葉を思い出した。他人の痛みを、まるで自分の事のように感じてしまう優しい修二。こうして、再び自分のために泣いてくれる修二が、ただひたすら愛おしかった。
 涙の跡を唇で辿り目尻から溢れる涙を吸い取ると、修二は小さく吐息を漏らした。その甘い吐息を追うように唇を合わせると、修二は慌てて顔を背けた。逃すまいと、聡は背中に回していた腕を滑らせて両手で修二の頬を挟んで固定すると、その潤んだ瞳を覗き込んだ。
「修二、愛している。僕を受け入れて欲しい…」
 懇願するように囁くと、修二は新たな涙を流した。
「俺は…、聡の重荷になりたくない…」
「修二は重荷になんかならない。足も、仕事も気にしなくていい。ゆっくりでいいから、修二の思うように生きればいい。僕はゲイだから、この先、結婚なんかしないし、出世なんて望まない。僕にとっては、修二のいない人生なんか意味は無いんだよ」
「でも、俺は吉田と…」
 聡は吉田の名前を聞いた瞬間、理性が弾け飛んだ。その先の言葉を奪うように修二の唇を塞いだ。
 夢にまで見た柔らかい唇を吸い上げると、修二は目を閉じて「ん…」と鼻から甘い吐息を漏らした。その音に煽られるように薄く開いた唇の隙間から舌を差し入れ絡め取る。熱烈な聡の愛撫に、はじめは応えるのを戸惑っていた修二の舌も滑らかに動き始め、互いの舌を奪うように絡ませ合った。濡れた音を響かせながら何度も角度を変え、より深く味わうように熱い咥内を貪っていると、息が上がってしまった修二が聡の襟元に縋って苦しげな吐息を漏らした。聡は仕方なく名残惜しげに唇を離すと、銀色の糸が一筋、二人の間に光って切れた。
 顔は疎か首筋までも薄桃色に染めた修二がうっすら瞼を開くと、その瞳に自分が映るのを待って聡は厳かに宣告した。
「今日、僕は、吉田から修二を奪う」
「聡…」
 驚きに震える瞳に聡は柔らかく笑いかけると、右手で修二の頭を抱えて再び唇を塞ぎ、左手で器用にシャツのボタンを外しにかかった。修二は慌ててその手を遮ろうとするが、先ほどの口づけで骨抜きになってしまった身体はまるで力が入っていない。あっという間にはだけた胸元に手を入れ、小さな突起を摘み上げると身体をびくりと震わせた。修二は抗議するように喉元でくぐもった声を上げたが、聡の口づけは深くなるばかりで、止めるどころか胸を弄っていた手を滑らせると、ズボンの上から修二の股間を揉みはじめた。
 堪らず激しく頭を振って修二が抵抗すると、唇が少しだけ外れた。早鐘のような胸の高ぶりに呼吸が付いていかないのか、修二は切れ切れに「待って…、待って…」と繰り返した。
「待てない、修二…。もう待てない…」
 聡も呼吸を荒げながら譫言のように繰り返し、体重をかけて修二をソファに押し倒した。そのままズボンの前を開いてしまうと、素早く下着の中に手を滑り込ませて修二のものをやんわりと扱いた。
「あっ、駄目…だ、さ、とし…、待って、止め、て…」
 修二のものは聡の手の中で蕾が膨らむように固く成長した。その隠しようがない自分の反応を厭うように修二は固く目を閉じて唇を噛みしめたが、濡れはじめた鈴口を聡が親指の腹で円を描くように撫で回すと、
「止めて!」と鋭い悲鳴を上げた。聡は宥めるようにその耳元に囁いた。
「修二…、もう拒まないで。僕は修二が欲しい、修二を抱きたい、修二の中に入りたい…!」
 そう言うと耳から首筋へ唇を這わせたが、修二は喘ぎながらひたすら止めてと繰り返すだけだった。自分を拒否する言葉しか紡がない修二に、聡は酷い焦燥感に駆られた。
 自分の愛撫に素直に反応している身体を見れば、このまま強引に行為に及ぶ事は簡単だろう。でも、それでは意味が無いのだ。それでは修二を手に入れた事にならない。修二の気持ちを知っているからではなく、修二の口から、その“本心”を訊いた上で結ばれたかった。
 聡はぎりっと奥歯を噛みしめて握っていた修二のものを離すと、修二の身体を跨いで馬乗りになった。その衝撃でソファが傾いで揺れる。負担を掛けないよう膝と左手で自分の身を支えながら、驚いて見開いた修二の両目を右手で覆い隠し、絞り出すような切ない声で問い掛けた。
「さっき、気持ちを偽らないと約束したね…。訊かせて。修二は誰を愛しているの? その心の中に誰がいるの? 修二! お願いだから訊かせてくれ!!」
 押さえている右手が震えてしまう。どうか答えて欲しい。その心を見せて欲しいと祈るように目を閉じる。
 暫くの間、明るく静かな部屋の中で、二人の荒い息づかいしか聞こえなかった。ふと手のひらに温かい濡れた感触が伝わり、はっとして目を開けると小さな声が聞こえた。
 修二の唇が震えながら動いている。身体を倒して耳を近づけると「さ、とし…」と吐息のような呟きが確かに聞こえた。
「さとし…、聡、聡が…すき、だ…。聡が…すき…」
 小さいが何度も繰り返し呟く修二の言葉を聴いて、聡は歓喜に震えながらゆっくりと右手を外し、
「僕も愛してる。修二を、貰うからね…」と言って、涙に濡れた目元にそっと口づけた。

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