INDEX NOVEL

Mr. シンデレラ 〈 6 〉

※ 性描写があります。未成年の方はお読みにならないでください。

『拝啓 兄さん元気ですか? 家に手紙を出すなんて中学の時の修学旅行以来だね。
 いつもメールだから、たまには趣向を変えて…何て訳じゃなくて、友彰とちょっとケンカ中だったからノートPC借りられなかっただけ。だってさ、見つけちゃったんだよね。巨乳のお姉ちゃんの画像。アイツ本当にスケベだよ!!
 俺がメール出すのに使うの知っててさぁ、何であんなもの取っとくのかね? アッタマ来て約一日半、口きかなかったんだ。勿論ちゃんと飯は作ったよ。アイツから降参して来たから、罰としてお宝画像は綺麗さっぱり処分してやった。セイセイしたよ。友彰のヤロー自分でも忘れてたとか言っちゃって、しれっとしてたけど。
 ああ、誤解のないように書いておくけど、ちゃんと仲直りしたよ。いつもは仲良くやってます。まあ、俺たちって昔からこんな感じだしね。
 兄さんは林くんとの共同生活どうですか? ちょうど一ヵ月だよね。変わった事ない? 大丈夫?
 きちんと部屋の整理をしないまま出て来てしまったから、片付けるの大変だっただろう? ごめんね。使わない物はぜんぶ父さんたちの部屋へ移動していいからね。』


 ここまで書いて俺は中国茶を入れに台所へ立った。友彰と暮らすこの2LDKのマンションは家具付きで、白を基調とした豪奢(ごうしゃ)な雰囲気の内装はまるでホテルみたいだ。白い大理石の敷かれた床は冷たくて嫌いだけど、これまた大理石のカウンターが付いた白いキッチンはとても大きくて使い勝手が良い。これが社宅なのかと、初めて見た時は面食らってしまった。
 ジャスミン茶を飲む時に綺麗だからと購入したガラスの茶器に、一人分の茶葉を入れて熱いお湯を注ぐ。休日に街の中心地まで買い出しに出て、友彰と二人で選んだ青茶はとても高かったけど、香りが良くて飲みやすい。暫く待って綺麗な山吹色になったらマグカップへ注ぐ。白いごく普通のカップだけど、俺はとても気に入っている。これもやっぱり二人で選んだ物。同じ食器を二客ずつ用意しながら、すごく嬉しくて、とても不思議な気分だったのを覚えている。
 だってほんの少し前までは、こんな夢みたいな生活をしている自分の姿があるなんて誰が想像できただろう。温かいお茶を飲みながらキッチンの窓から暗くなり始めた空を眺めて、俺はほっと息を吐いた。
 友彰と気持ちを確かめ合ってから今日までの三ヵ月間は、忙しくてあっという間の出来事だった。俺は何が何でも中国へ付いて行くつもりだったから、生まれて初めてパスポートを申請したり病院へ健康診断を受けに行ったり、店に出ながら準備をするのは結構大変だった。ただ住みたいというだけで余所の国へ出る事はできない。そんな当たり前の壁が目の前に立ちはだかっていたからだ。
 まず、友彰が会社側へ結婚もしていないのに同居人を伴う正当な理由をでっち上げなければならなかった。海外へ赴任した経験のある同僚に相談すると、語学留学する親戚がいると言えばいいとアドバイスされた。取り敢えず大学の入学許可証をとってXビザ(学生ビザ)を取れと教えられ、中国留学の申請代行サービスをしてくれる会社を通して手続きを行った。
 比較的簡単にできる語学留学の期間は一年間だけだから、その先どうするかを考えなくてはいけないのだけど、『全てはなるようになる』の精神で前だけ向いて事を運んでしまった。中国なんて俺にとっては未知の大陸で、どんな所かも分からないのだから考えたって無駄だ。そう言うと、「お前には適わないよ」と苦笑しながら友彰は一足先に中国へ旅立った。
 中国は旧正月を祝う国だから、友彰の会社も一月の下旬に三日間の連休がある。その時一時帰国する友彰と一緒に渡航する予定だったが、十五日になって漸く広東外語大学の漢語進修生コースに通える事が決定し、ギリギリでビザの申請に間に合うという綱渡りだった。まあ、駄目なら駄目でLビザ(旅行ビザ)でも何でもいいから渡航するつもりだったけれど。
 一月二十五日に友彰が帰国して留学準備が整ったと伝えると、「こっちの準備も整ったよ」と親指を立てて見せた。何と会社に掛け合って、大学へ通う足として運転手付きの車を俺専用に用意してくれたのだ。友彰の会社の工場は広州(こうしゅう)の中心地から離れている上、工場とはまた別の場所にその企業に勤める人たちの大きな日本人居住区がある。出入り口も限られていて大使館なみに警備員が配置されているから、一般の中国人は入って来られないのだそうだ。
 大型スーパーから運動場や娯楽施設、小中学校まであると言うその居住区内で、生活の全てが揃ってしまうから、敢えて外へ出る人はいないらしい。広州の繁華街へ出るにはどうしても車が必要になるが、外国人が車を所有し運転するのは規則が多くて大変らしく、殆どの人が自分では運転しない。そのため居住区から外へ出る場合は、会社が雇った運転手付きの車をタクシー替わりに使用できる仕組みになっている。聞けば友彰にも専用の送迎車がつくのだそうで、大企業は違うなぁと妙に感心してしまった。
 でも、友彰の我が儘が通ったのには理由があって、本当は別の人が行く筈だった降って湧いた海外赴任の話を引き受けた見返りだったらしい。
「俺もさ、聞いて吃驚する事ばっかりだったよ」
 渡航する飛行機の中で、友彰は引き継ぎをした社員から聞いたという人事の裏側を教えてくれた。
 今回赴任する予定だった社員が、中国へ行くの嫌さに転職してしまったのが十月の話で、十二月の引き継ぎに間に合うよう今すぐ異動しても差し支えのないうってつけの人材は、石川しかいないという話になったらしいと、友彰は自嘲気味に笑った。

『中国で仕事をするとは言え、会社の中や取引先とは日本語か英語での遣り取りだし、現地採用の中国人とは英語オンリーだからね、君が語学に堪能だったのも決め手の一つだったみたいだよ』

 帰国する社員はそう言って慰めたそうだけど、それは事実だと思う。友彰は中学一年生までオーストラリアで育った帰国子女で英語がペラペラだった。向こうの学校に通っていれば喋れるようになる、と友彰は言うけど語学のセンスは抜群で、第二外国語だったドイツ語だって日常会話ならできるのだ。

『まあ、タイミングってやつかなぁ。本当はね、中国工場の人員に空きができたと聞きつけた女性が一人立候補してたんだよ。確か石川くんと同じ課の人だったと思うけど、残念ながら却下されてね。彼女に決まっていれば、君が来る事なかったんだけどね。その人、二十九歳って言ってたかな?
 まあ、無理だよね。だって、五年もこっちの生活になるんだよ。男なら日本に戻ってもまだ三十代の働き盛りだけど、女性はそうはいかないだろ。
 いくら自分で望んだ異動だとしても、そのせいで婚期を逃すかも知れないじゃない? 女性には出産っていう大仕事があるからね。もっと若いか、その逆なら良かったのにね。日本の企業っていうのは、余計な苦労の種がない人事を行うものなのさ』

 それが誰の事か聞くまでもなかった。
「知らなかったとは言え、俺もさ、結果的に梨花さんに対してデリカシーのない事しちゃったよ。会社の為に…、否、自分の為なんだろうけど、仕事がしたいと立候補したのに、女性だって理由だけで却下されて、おまけに嫌々赴任する男に、その行きたかった場所へ仕事を辞めて付いて来いなんて言われて…。俺が梨花さんでもYESとは言わないよ。まあ、そうじゃなくても、異動届を出したって時点で彼女の気持ちは決まってたんだろうな。所詮、俺とは縁のない人だったんだよ」
 そう友彰は苦笑いしてたけど、俺は笑えなかった。その人が言った通り、全てはタイミングの問題だったのではないだろうか。確かに梨花さんは、仕事に対して高い意識を持っていだろうけど、友彰に好意を持っていたのは俺の目からも見て取れた。もしも、最初の人事通りだったなら異動届を出す事もなかった筈で、あのまま二人は付き合って、時期がくれば結婚していたかも知れない。俺は友彰の隠された心の内も知らず、幸せそうな二人を指を銜えて眺めながら “ 親友 ” の振りを続けなければならなかっただろう。
 ほんのちょっとした切っ掛けでこんなにも人生が違ってしまう事に、俺は怖くなってふるりと震えた。そして梨花さんの行く末が案じられた。俺は兄さんに、女は何でも許されているなんて毒づいたけど、やっぱり女性である事が未だに足かせになるんだと気の毒になった。梨花さんの近況を尋ねると、友彰は顔を曇らせて首を横に振った。
「今、北米へ異動願いを出してるとか小耳に挟んだけど、よく知らないんだ。送別会の時も席が離れていたし…。勿論、きちんと挨拶はしたよ。『頑張って、しっかり仕事しなさいよ』って背中を叩かれた。それで終わりだよ…。俺も現金だよな。十二月に入ってから自分の事に必死で、彼女の事なんか頭から消えていたよ」
 もうさ、お前と仕事の事で一杯いっぱいだったと、友彰はブランケットの下で俺の手を握った。俺は柄にもなく照れまくって、慌ててうちの近況報告をした。
 俺の部屋が空いたので、林くんが兄と一緒に住む事になったと伝えると、友彰は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。ごほごほと咽(む)せる友彰の背中を擦りながら、変だなと思って問い詰めると友彰の目が泳いでいた。
「何か隠し事があるなら、今、この場で吐いとけよ」
 声を低くして脅しを掛けると友彰は黙ったまま下を向いた。人の噂話をしないのは友彰の美徳だから、普段なら無理に言わせようとは思わないけど、こと俺や兄に拘わる話なら別だ。
 何でそんな反応をするのか、きっちり答えて貰おうか。そう詰め寄る俺に、友彰は観念したように口を開いた。
「これは俺の推測だけど、林は多分、亮介さんに惚れてる…と思う。だから、大丈夫かなと思って」
 林はゲイなんだよと言う友彰の告白を聞いて、俺はたっぷり一分間絶句した後、飛行機の中なのも忘れて、「ウッソだろー!」と絶叫していた。
「知らなかった…。俺、全然分からなかった。お仲間は大抵分かると思ってたけど…。って、どうしてそんな事、友彰が知ってるの?」
「林と知り合った当初、まっ先に向こうから言われたよ。ゲイだから自分に近づくなって。無愛想で、取っ付き難くて、冷めていてさ。大学と店の中では別人だったよ、アレ。まあ、変わった奴だけど、俺にしてみれば誰かさんにソックリで、ほうっておけなかったしさ。
 たまたまお前の話をしたら興味を持ったみたいで、あいつ一人で店に行ったらしいんだ。突然『気に入った』って言って来て、バイトしたいから紹介してくれって頼まれた。根はすごく真面目な奴だから、いいかなと思って紹介したけど、それは間違いなかったろう?」
「へぇ…、そういう経緯があったんだ。まあねぇ、確かに彼はうちの為によくやってくれてるよ。でも、そういう事は話して欲しかったな。ゲイは兎も角として、兄さんに惚れてるなんてなぁ…」
 自分の事を棚に上げて、俺はちょっと困ってしまった。林くんはいい人だと思うけど、兄さんはどうなんだろう。俺を受け入れられた人だけど、自分がゲイの恋愛対象になるなんて、夢にも考えられないのじゃないだろうか。
 林くんにはこれからも兄さんを助けて貰いたいと思う。だから恋愛感情が元で今まで築き上げた信頼関係が壊れてしまう事態は避けたかった。打算的なようだけど彼がゲイだと知っていたら一緒に住むのは反対していただろう。
「確かに、一緒に暮らすとなると事前に話しておけばよかったのかもな…。でもなぁ、俺からはやっぱり言えないよ。大学ではゲイである事を隠していなかったけど、だからって他人が言う事じゃないだろう? それは俺よりも、お前の方が分かるんじゃないのか?
 林が言わなかったのは、やっぱり亮介さんに対する想いがあるからだろうと思うし、喩え下心が働いていたとしても、あんなに他人に興味のない冷めた奴が、別人かと思うほど楽しそうに働いている姿を見たら、それでもいいかと思ったんだよ。だって、人を想う気持ちは誰にも止める権利はないし、それこそ、なるようにしかならないだろ」
 俺は友彰の言葉を聞きながら、自分が何て利己的な人間なのかと恥ずかしくなった。林くんの気持ちは誰より自分が一番理解できる筈なのに…。俺は俯いたまま、うんと頷くしかなかった。友彰は俺の手を握ったまま、暫く様子をみようと言った。

 マグカップを片手にダイニングテーブルに戻ると、俺はまた便箋の前に向かったが、頭の中に浮かぶのはとても兄さんには書けない事だらけだなと、ため息を吐いた。
 兄さんの言った通り、人って一点から見ているだけでは、こんなにも分からないものなのだとつくづく思った。分からないと言えば友彰だって、離れていた一ヵ月の間に大きく変わった。それは俺にとって思いもよらない変化だった。
 ずっと実家にいて両親やお兄さん、たくさんの友人に囲まれていた友彰にとって、いくら日本人ばかりが住む場所で何の不自由もないとは言え、たった一人で暮らす異国での生活は、余程心細かったのだろう。でなければ、いきなりあんな事になるとは…。
 今、思い出しても赤面する。だけど、すごく、すごく嬉しくて、幸せだった。
 それは日本を発つ成田空港から始まっていた。機内でも、白雲空港に着いてからも、友彰はとても機嫌が良くて、ずっと手を繋いでいた。中国に知り合いはいないし、俺はベタベタするのが好きだから構わないけれど、今までの友彰では考えられない行動だった。まあ、手を繋いでいないと、旧正月で賑わう街路はすごい人の波で、あっという間にはぐれそうだったんだけど。
「市内観光は明日でもいいだろ? 早く部屋を見せたいんだ」
 友彰の提案に俺は黙って頷いた。翌日まで友彰の会社は休みだった。俺は友彰に任せるつもりだったから、連れられるまま早々にタクシーで居住区へ向かった。塀に囲まれた警備員が立つ大きな門を通って中に入ると、青々とした樹木がたくさん植えられた庭園の中央に、大きなマンションがキノコみたいに何棟も立っていた。南国のリゾートホテルみたいな外観は、今日はホテルに泊まるのかと勘違いしたほどで、とても社宅とは思えなかった。
 十四階建ての最上階にある友彰の部屋も、まるで分譲マンションの展示場のように綺麗で生活感がなかった。
「何もない…」と呆れたように呟くと、「全部、お前と一緒に揃えようと思って、必要最低限のものしか用意してない」と照れくさそうに笑った。
 聞けば、食事はマンションの一階にあるお総菜屋さんで、中華から日本食まで量り売りしているとかで、単身赴任の人はみんなそこを利用しているらしい。じゃあ、困らないんだと呟くと、「俺の食べられる物はあんまりないよ」と友彰は零した。確かに、また少し痩せた気がして心配になった。
 夕飯には少し早かったが、日本から持参した調味料を使って、肉じゃがやら、ステーキやら、友彰が好きな献立を並べた。疲れているのに悪いなと労る友彰に、「お前が残らず食べてくれたら、疲れもとれるよ」と笑うと、本当に全部平らげてしまったのには呆れ返って笑ってしまった。
 食後はリビングのソファで、二人で並んでテレビを見たが、案の定、全く分からない。来月から習いに行くと言うのにもの凄く自信を失って、早くもホームシックになった。俺がどんな顔をしていたのか分からないけど、余程しょぼくれた顔をしていたのに違いない。俺を見た友彰はちょっと困った顔をして言った。
「後片づけしておくから、先に風呂に入れよ」
 促されるまま、まだ解いていない荷物の中から着替えを用意するとバスルームへ向かった。ホテルみたいにバスタブとトイレが同じ空間にある欧米仕様で、やけに広くて床の白いタイルが寒々しかった。
 俺は芯から心細くなって、大丈夫だと、このままやって行けるさと、抱きしめて欲しくて仕方がなかった。多分、そう言えば友彰は応えてくれるだろう。でも、本当はそんなんじゃ足りない。この不安な気持ちが溶けてなくなるまで、肌を合わせて身体中を熱で滾(たぎ)らせて欲しい。
 でも、そんな事は望めない。ゆっくり好きになってくれと、それで良いと言ったのは俺だ。喩えこのまま、身体の関係を結べなくても側にいたいと望んで付いて来たのだから。
 身体の奥に燻(くすぶ)った熱は自分で慰めるしかないだろうと、寂しい気分で身体のみならず後ろも綺麗に清めてから風呂を出た。
 友彰が風呂に入っている間、俺は寝間着に着替えてソファでぼんやりテレビを見ていた。友彰は鼻歌交じりで風呂から出て来ると、わざわざ俺の前を横切った。ダビデの彫刻みたいな身体に、バスタオルを腰に巻いただけの姿で。ぎょっとして慌てた俺に、友彰は「何?」と首を傾げた。
「否、お前、風呂上がりっていつも裸で出て来るの?」
「うん。暑いから」
「お袋さんの前でもそうなの?」
 そうだよーと、友彰は自分の部屋へ入りながら大きな声を上げた。着替えるのかと思っていたが、すぐに俺を呼ぶ声がした。俺は腰を上げてスリッパをペタペタ鳴らしながら友彰の部屋へ入った。その途端、ベッドの大きさに驚いた。
 俺に割り当てられた部屋と同じ造りの八畳間より少し広い空間には、ただベッドしか置いてない。俺のより遙かにデカイ。ベッドしかないんじゃなくて、それで一杯になっていたのだ。ダブル? 否、どう見てもキングサイズはある。
 何でこんなにデカイの? と首を傾げながら、相変わらずバスタオル一丁のままベッドに座っている友彰を見た。笑った顔のまま何も言わない友彰に、俺は呆れたように呟いた。
「ベッドでか過ぎ」
「そうでもないよ」
 友彰はいきなり俺の腕を掴んで引き寄せた。不意を突かれてよろけた俺を厚い胸板で抱きとめると、次の瞬間ベッドの上に仰向けに転がされていた。きらきらと埃(ほこり)が舞って輝いて見える白い天井を唖然として眺めていると、視界に目を細めた友彰の顔が入って来た。
「男二人で寝るんなら、これくらい必要だろ」
 俺がその言葉の意味を理解する前に、唇が塞がれていた。
 キスだけは、友彰が日本を発つまでの間、数え切れないくらいした。初めのうちは子どもにするような軽いキスばかりだった。一足先に日本を離れる前の夜、吐息を全て奪われるほど深いものをしてくれたけど、それすら軽いと思うくらい、思う存分貪(むさぼ)られた。
 肉厚な舌が、驚いて怖(お)じけた俺の舌に優しく絡まって来る。俺は反射的に友彰の背中に両腕を回してしがみ付いた。滑らかで均整の取れた背筋に、その筋を確かめるように指を這わせると、友彰の身体が痙攣した。欲情しているんだと身体全体で言われたようで、嬉しくて何度も唇の角度を変えて、互いの唾液を啜りながら舌を擦り合わせた。
 気がつくと友彰は俺の上に跨(またが)って体重がかからないよう肘で身体を支えていた。既にバスタオルなど何処かへ行ってしまって、俺の下腹に硬く猛(たけ)っている欲望を擦り付けて来る。裸の身体は燃えるようで背中に回した手のひらが熱かった。その熱に、不安が少しずつ溶かされて胸の中が凪(な)いで行くが、それと半比例して頭の中は欲情で痺れるほど興奮していた。
「んっ、んん…」
 鼻から声を出すと、友彰がゆっくりと唇を離した。見つめ合いながら忙しなく切れぎれに息を吐く。小さく空いた口元を見ながら俺は友彰に懇願した。
「嫌じゃなかったら…も、少し…先まで…して…」
 最後まで、とは言えなかった。友彰は頷いて、唇を俺の喉へ這わせながら寝間着のボタンを外していった。焦れったくて自分でも下から外していく。はだけた胸に友彰が唇を這わせて、胸の突起に辿りつくとちゅっと吸い付いて舌先で舐られた。
「あっ、あ…ん…」
 ささやかな乳首を転がされる度、堪らずに声が漏れる。血が下半身に集中するのが分かる。友彰の髪に指を埋めてまさぐると手が下穿きの中へ入って来た。すっかり上を向いた陰茎をきゅっと握られる。俺は息を呑んで目を開けると友彰の腕に手を掛けた。
「まっ、て…。そこまでは――」
 しなくていいと言い掛けた時、友彰は起き上がって俺の下穿きを下着ごと剥ぎ取った。その素早さに呆然としていると、熱に浮かされた瞳を向け、「俺はしたい…」と呟いて、既に先走りを零し始めた俺の先端を銜(くわ)えてしまった。
「やっ、ああ…」
 俺は友彰のくれる快感に溺れているしかなかった。口を窄めて吸い上げては優しく舐め下ろして裏筋を擽(くすぐ)っていく。男は初めての筈なのに、され慣れているのか、快感のツボが一緒なのか、あっと言う間に追い上げられた。何度も何度も熱い咥内に引き込まれているうちに、止める間もなく友彰の口の中に放ってしまっていた。
 げほげほと咽ぶ友彰に俺は慌てて謝った。こんなに自制できないのは初めてで、涙が滲んで来た。友彰は片手を振りながらベッドサイドのテーブルにあったペットボトルの水を飲んだ。
「ごめん。気持ち悪かっただろ…」
 まさか嚥下(えんか)してしまうとは思わないから震えながら友彰を見た。最初の印象で気持ち悪いと思われたらお仕舞いだと怖かった。友彰は「ちょっと苦いし、いがらっぽい」と言ったが、また俺の側に戻って来ると平気だよと笑ってキスをした。
 俺は涙が溢れて友彰の首にしがみ付いた。俺もすると耳元で囁くと、嬉しそうに頷いて自分の上に逆向きで跨れと言った。69の形になるのだと分かった瞬間、頭と下半身が同時に熱くなっていた。
 ベッドヘッドに凭(もた)れるように寝そべった友彰の上に尻を向けて怖ず怖ずと跨(またが)ると、すぐに強い力で後へ引っ張られた。太股にガッチリと太い二の腕が巻き付いて股を大きく広げられると、すぐさま後孔へ熱く濡れた感触が伝わった。窄まりを舐められたのだ。
 前を愛撫されるのだとばかり思っていたから、吃驚して鼓動が速まった。慌てて嫌だと腰を振ったが離してくれなかった。なまじ風呂の中で清めながら解してしまったものだから、緩くなった窄まりは簡単に舌の侵入を許してしまう。かなり内側まで熱い弾力を感じ、堪らずに振り向いて懇願した。
「やっ、とも、あき…そんな事、しなくていいからぁ…」
「…させろよ。啓介…」
 友彰の掠れた声が聞こえた。
「ここに、挿れるんだろ? 自慢じゃないけど、俺のデカイんだぜ。これじゃ、まだ入んないだろ? させろよ、啓介。俺の好きにさせてくれ…」
 言うなり後孔を舐られて、同時に竿まで扱かれた。むず痒い快感とダイレクトな刺激に悲鳴を上げて突っ伏すと、目の前に友彰の逸物があった。確かに、今までお目にかかったのの中では最大級だ。これが入って来るのかと思うと下腹にぐっと来た。
 一体、どこで仕入れた知識なのか、恐らくネットで調べたのだろうけど、たった一ヵ月前までは『できるか分からない』と怖じけていた友彰の思い切りの良さに、半ば呆れながらも愛おしさが込み上げた。
 とても一口では収まりきらない逸物(いちもつ)を捧げ持ち先端にちゅっと吸いつくと、尻の間から友彰の呻き声がしてトロリと蜜が溢れ出した。舌先で掬(すく)うように舐め取って味わう。友彰の味が口腔いっぱいに広がると、まるでスイッチが入ったみたいに我を忘れて貪った。両手で柔らかく扱きながら舌を絡めて丹念に舐め上げる。舌先がいい所に当たると、トクンと震えて波打つ様が可愛くて夢中になって愛撫した。
 点けっぱなしで来てしまった居間のテレビから、聞き慣れない抑揚の付いた歌が聞こえる。耳馴染みのない歌なのに、痺れてしまった頭にはそれすら心地良い。ジェルを使い滑らかに動く友彰の長い指が俺の中を掻き回す淫猥な水音も、その歌の節に合わせているようで思わずクスッと吐息を漏らすと、「口がお留守」と叱られた。
 だって仕方ないじゃないか。さっきから一番感じる場所を、それと知らずにやたらと刺激するのだもの。俺は喘ぎながら友彰のものに頬擦りするのが精一杯だった。こんなに前戯(ぜんぎ)に時間を掛けて丁寧に愛してくれるのが嬉しくて、気持ちが昂って指だけでまたイッてしまいそうだ。
「おねがっ、い…。もっ、挿れて…。これ、挿れて!」
 陰茎に縋り付いて懇願すると、ちゅっと音をさせて俺の尻たぶにキスした友彰は、「おいで」と言って身体を起こした。震えて力の出ない腕を支えられて、膝行(いざり)ながら友彰の上に跨った。天を仰いだ逸物を両手で窄まりに宛がうと深呼吸しながらゆっくり腰を落とした。友彰は俺の腰を支えながら息を殺してじっと見つめている。
 ゆっくりと粘膜が広がって友彰を呑み込んで行くが、途中でどうにも動かなくなった。友彰のは思った以上に太くて、あんなに時間を掛けて解したのに、メリメリと音がしそうな程きつかった。途中で呻くと「大丈夫か」と心配そうに俺の腰を擦ってくれる。怯えさせたくなかったから、にっこり笑ってから友彰の首にしがみ付いて、どうしても歪んでしまう顔を肩に埋めて隠した。
 深呼吸を繰り返しながら何とか全部埋めてしまうと、お互い同時に長いため息を吐いて笑い合った。友彰は俺を抱きしめていた手を滑らせて尻のあわいに指を差し込み、結合部分を確かめるように撫で回した。
「すごいな…ホントに全部入ってる…。お前の中、熱い…。俺のにぴったりくっついて、ここで一つになったみたいだ…」
 感嘆した声を上げて一つになったと言う友彰の言葉に、俺は思わず込み上げるものがあった。くしゃりと顔が歪むのを、今度は隠す事ができなかった。
「啓介!? どうしたっ?」
 痛いのかと慌てて俺の顔を覗き込む友彰に、俺はぶんぶん頭を振って否定した。
「ちがっ、う、うれしい。嬉しくて…」
 好き合って、恋人と呼べる仲になれたのも奇跡みたいに思っていたのに、まさか、こんなに早く身体を繋げられるなんて。
 今、大好きな人と一つになれる喜びが、心にも、身体にも溢れている。俺には一生得る事ができないと諦めていたのに――。
 太い首にしがみ付いてぐすぐすと鼻を鳴らす俺の頭と背中を撫でながら、友彰は「泣くなよ。啓介。泣くな…」と耳元で囁いた。
「啓介、今までごめんな。でも、もう泣かさないから。なあ、俺と一緒にいてくれ。これからずっと、側にいてくれ…」
 俺は吃驚して下腹の圧迫感も忘れ、泣き濡れて不細工になった顔で目を見張った。友彰はクスッと鼻で笑い、俺の顔を両手で挟んで引き寄せると目元に口づけて涙を拭ってくれた。
「それって…、それって、ぷろぽーず?」
 胸の鼓動を抑えながら鼻詰まりの声で聞いた。友彰は俺の唇にそっとキスして微笑んだ。
「ああ、そうだよ。プロポーズだ。啓介、愛してる。一生、俺の側にいろ」
 返事は? と耳の穴に舌を入れながら聞いて来る。
『そんなのYESに決まってる!』
 そう頭の中では即答しているのに、口から出るのは喘ぎ声ばかりだった。俺の身体を確かめるように友彰の指が蠢(うごめ)いて、ぞくぞくと肌が粟立つ快感と喜びとが、萎えかけていものを甦(よみがえ)らせ、全身にじわじわと広がって行く。友彰が身動きする度、太い楔(くさび)がずっと前立腺を刺激して、上からも下からも止めどなく涙が溢れた。
「うっ、うん…。んっ、ん…」
 俺は友彰にしがみ付いて深呼吸をすると、やっとの思いで嗚咽(おえつ)とも喘ぎともつかぬ返事をした。
 友彰はもう一度、俺の唇にちゅっと吸い付くと、「動いていい?」と濡れた吐息で囁いた。

「……」
 俺は恥ずかしくなってテーブルの上に突っ伏した。
 プロポーズだと言い切ってくれたのは嬉しいし、すごく幸せだったけど、その事を思い出す度、やってる最中のアレやコレやが蘇(よみが)って、下腹が疼(うず)いて堪らなくなるのが困りものだ。セックスの最中にプロポーズって、冷静に考えるとどうよ? って感じだ。
 梨花さんの時は五万円(ワイン代も入っているけど)のディナーと洒落(しゃれ)込んでたもんな…。この差は何? そりゃあ、俺にとっては一生忘れられない記念日になったけどさ。
 あれから友彰は、当たり前のように身体を求めてくれる。って言うか、あいつは完全に好き者だ。今まで三人としか付き合ってないと言い張るけれど、経験値は絶対俺より高いっ! と思う。
 だって、凄いんだ。呑み込みが早いというか、回を重ねる毎に上手くなって…。この間なんか生まれて初めて “ 失神 ” させられた。ケンカの仲直りだったから、つい燃えちゃったのもあるんだけど。こんな事、とてもじゃないけど兄さんには書けないよねぇ…。
 俺はうっ〜と唸り声を上げて頭を振ると、妄想を一蹴して漸くペンを走らせた。

『もうすぐ大学が始まるから、ここのところ毎日ちょっと緊張気味。
 友彰と一緒にいたい一心で決めてしまった留学だから、こちらへ来た早々に不安に駆られてしまったけど、ここ一ヵ月の間、友彰とできる限り外へ出て、この国を眺めながらいろんな事を考えた。
 今まで縁もゆかりもないと思っていた国だから、何一つ知識がなかったでしょう? 
 直に触れたこの国は、とにかくパワフルで、経済的にも人間的にも圧倒される。面白い国だよ。こっちの人って、自分を抑えるって事を知らないみたいだ。まあ、日本人が控えめ過ぎるんだろうけど、俺には合っているかもね。
 興味を引かれたのはやっぱり料理の事。広東(かんとん)料理は、この広州が本場なんだって。すごい人気がある店があってね、やっと予約が取れて食べに行ったけど、本当に旨かったよ! 
 日本で食べる中華も俺は旨いと思っていたけど、現地の味は違うと思った。
 興味があると言えば、中国茶も面白い。それに漢方。訳分かんない薬草とかを普通に料理に使うんだよね。漢方薬とお茶を売っている店に入ると一日いても飽きないよ。俺が動かなくなっちゃうから、友彰は嫌がるんだけど。だって何か楽しいんだもの。
 俺ね、いろいろ考えて、三つ決めた事があるんだ。
 一つ目は、一年間で中国語の日常会話をマスターする事。勉強の動機は不純だけれど、せっかく学ぶんだからね。それに、働くにしても何にしても、会話ができなければ話にならないから。
 二つ目は、中華料理を習いたい。広東料理って書かないのは、薬膳(やくぜん)料理もいいかなと思って。友彰の会社の人に聞いたんだけど、薬膳料理を教える大学があるんだって。ちょっと調べてみようと思ってるんだ。
 三つ目は、これはまだ先の、日本に帰ってからの話なんだけど、料理教室を開きたいと思ってる。これが、今の俺のやりたい事。遅蒔きながら、将来の夢…かな。
 友彰のための献立を毎日考えながら思ったんだ。世の中にはいろんな食べ物があふれているけど、友彰みたいに精神的な理由で食べられない人とか、アレルギーなどで肉体的に受け付けない人もいるでしょう? そういった人に、少しでも安心して美味しく食事ができる調理方法をみつけたいと思って。
 例えば、小麦粉や蕎麦が駄目だったりすると麺類が食べられないじゃない。でも、違う国の調理法の中には、もともと全く違う食材で麺料理を作っていたりするじゃない? 
 こんな考えは、贅沢なのかも知れないね。駄目な物は諦めて、食べられる物を食べていればいいのかも知れない。でも、そう思う度、父さんの口癖だった『食べる事は生きる事』って言葉を思い出すんだ。
 市場で色鮮やかな未知の食材を見つけると、自然とか大地とか、育てた人とか採って来た人とか、この世の摂理と、その恩恵に感謝せずにはいられない。それを食べて糧にする事は、人間が生きるって事の根本なんだと思うんだ。
 確かに肉だけ、野菜だけしか食べなくても、人は生きていける。でも、できるなら、この世の恵みを均等に、感謝しながら美味しく楽しく、食べて欲しいんだ。だから、世界中の料理を研究してみたい。
 思えば、俺はこれまで、何かしたいとか、何になりたいとか、本気で望んだ事はなかったんだ。店の仕事も父さん母さんの事があったからだし、中国へは友彰といたいだけで渡ったからね。
 梨花さんみたいに、人生のビジョンを見据えて生きてる人からしたら、俺の生き方は行き当たりばったりで、どう仕様もなく見えるだろう。でもね、俺は俺なりに、与えられた場所で、きちんと前を向いて生きて来たつもり。
 給仕の仕事もソムリエの仕事も好きだった。八年間、一生懸命働いて来たからこそ、今の俺があるんだって胸を張って言える。この自信は、この先もきっと俺を支えてくれる。そう信じてる。
 友彰の為に生きる事は俺の基本だから、その上で、俺にできる事をして行きたいと思ってる。俺だからこそできる事をね。
 新しい生活は始まったばかりで、どうなるのか先は見えないけど、やっと俺にも、人生のビジョンが見えて来たから大丈夫。ここで、頑張って行けると思う。友彰と二人で。
 長々とごめんね。何が言いたかったかっていうと、要は心配しないでって事。俺ね、今』


 ガタガタと玄関から鍵の開く音がした。俺は便箋から目を上げて壁掛け時計を見た。午後七時を回ったところだから、今日は定時退社だ。時間を忘れてしまっていたけど、夕飯の準備はもう殆ど済んでいて、後は炒め物をするだけだ。今日の献立は昨日から仕込んでおいた東坡肉と、イカとキュウリと銀杏の炒め物。これは友彰のリクエストだ。
 もうすぐリビングの扉が開いて、俺の大好きなはにかみ笑顔をした友彰が、「ただいま。今日のご飯は何?」と入って来るだろう。
 おかえり、友彰。お疲れさま――。
 俺は便箋に向かうと最後の一文を綴った。

『俺ね、今、すごく幸せだよ。』

 (了)


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