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Refrain 〜 北の町〈 OTARU 〉にて 〜

※ 性描写があります。18歳未満の方はお読みにならないでください。

 その喫茶店はガラス工房の隣にあった。
 観光途中で寒さに耐えきれず、暖を取れる場所を探していたら和(かず)が袖を引っ張った。指さす先に『喫茶』の文字。でも、蔵…なんだけど。
 恐る恐る木の引き戸を開けると、橙色に輝くオイルランプが無数に灯る広間があった。
 そう、広間。外からは想像出来ないくらい広くて、天井も高い。太い木の梁から吊り下がる木製のシャンデリアにもオイルランプが掛かっている。
 人工の灯りは一つもなくて、オイルランプだけが唯一の光源だった。薄暗くて、まるで和洋折衷のお城の広間……。そんな感じだった。
「ねっ、律(りつ)、突っ立ってないで、早く座ろうよ」
「ん…」
 俺が馬鹿みたいに口を開けて天井を眺めている間に、和はさっさと俺の分のコーヒーと自分のカフェオレを注文し、入口横のカウンターで受け取ると俺の背中を肘で押した。
 押されるまま、達磨ストーブをくるっと囲むように円を描く木のテーブルに座る。
 椅子は木の切り株だ。ちょっと重くてお尻が痛いけど、なんだか暖かい。ストーブで温められているんだろう。じんわり熱が伝わってほっとする。
 席と席の間に等間隔で置かれたオイルランプの橙色も、見ているだけで身体が温められる気がする。外が寒かったから、尚のことそう感じるのかも。
 店内には、ここと同じ達磨ストーブを囲む丸いテーブルが三カ所あって、たぶん俺たちと同じ観光客だと思うけど、不思議と椅子一コ分空けて等間隔に座っていた。皆オイルランプの灯りを見ながら穏やかに談笑している。
 面白いな…と思って見ていると、和がテーブルにカップを置いて、「あったけー」と言いながらダウンジャケットを脱いだ。
「律も脱ぎなよ。外出る時寒いよ」
「ん…」
 言われるまま和とは色違いのダウンジャケットを脱いだ。初めての二人だけの旅行だからと、和に勧められて高かったけど思い切って買った。地元ではちょっと恥ずかしいから着られないけど。
 置くところがないから、丸めて膝の上に置いて落ちないように左手で押さえた。俺の左側に座った和も同じようにジャケットを膝に乗せてカフェオレを飲んでいる。
 俺は猫舌だから、しばらく置いてからじゃないと飲めなくて、じっとオイルランプの灯りを見ながら冷めるを待っていると、和が「早く飲まないと、身体が温まらないよ」と言って笑った。
「ん…」と頷いてカップを手に取ったけど、まだ熱い。
 どうしようかと思っていると、「仕様がないな」と言って、和の手が伸びてきた。何をするのかと思って見ていたら、ジャケットを押さえている手を握られた。
「か、かず?」
 思わず手をテーブルの下に潜り込ませ辺りを窺う。和が少し身体を近づけて、「暗いし、誰も見てやしないよ」と囁いた。確かに、見てないけど…。
 和は旅行に来てからずっと大胆だ。俺が戸惑うと、「旅の恥はかき捨て」と言って笑う。
「寒い時期は、寒い場所!」と言って、初めての旅行をこの北の地に選んだのも、「くっついてても、それほど変に思われないから」と、初日の夜、ベッドの中で教えられた。
 ラブホじゃないから駄目だって言うのに、何度もするからすごい事になっちゃって、チェックアウトする時、俺は顔が上げらんなかったくらいだ。
「顔は赤いのに手が冷たいままだよ。きっと、足先も冷たいだろう? 買い物は切り上げて、早く夕飯食べて、ホテルに戻ろう」
 そう言って、握った指の間をなぞって悪戯している。俺は震えて、また辺りを見回した。けど、誰も見ていなかった。
「ん…」
 俺は頷いてコーヒーを飲んだ。
 確かにもう冷めていたけど、まるでお酒が入っているみたいに身体の中がぽかぽかした。

 約束通り買い物は硝子屋を二軒だけしか回らなかった。
 とても有名なお菓子屋さんの前も通ったけど、「同じのが空港で買えるよ」って言われて素通りした。
 二軒目の硝子屋で、俺は下宿で使うペアのビアグラスを買った。
 昼の自然光の下では緑色で、蛍光灯の下では橙色に見えるんだそうだ。小さいのに高かったけど、夏には俺も二十歳になるから、これで和とお祝い出来たらいいなと思って。
 和はお父さんへのお土産だと言って、冷酒用の涼しげな徳利とおちょこのセットを買った。高校生の弟さんへもトンボ玉の付いたストラップを買っていたけど、「やっても気に入らないと着けないんだよ。でも、買って帰らないとヘソ曲げるから」と笑った。
「律は、家にお土産買わないの?」
「ん…。しばらく帰らないからいい…」
 帰省しようと思っていたお金で今回の旅行に来てしまったから、夏まで田舎に帰れない。それに、俺の家族は和の家族みたいに仲が良いわけじゃないから、別にいいんだ、買わなくても。
 俺が土産など持って行っても誰も喜ばない。そんな家族もあるんだ。和は何か言いたそうにしていたけど、何も言わなかった。
 外に出ると辺りはもう暗かった。
 時計を見たらまだ六時前だったけど、北国の夜は早い。寒さも一段と厳しくなって人通りも減っていた。
「早く夕ご飯食べちゃおう」と和に促されて飲食店の並ぶ通りに向かった。お土産物屋が並ぶ通りを抜けたところに運河があって、その運河沿いに倉庫を改造したお店がたくさん並んでいるのだ。
 行くお店やホテルは全部和が選んでくれていたから、俺はただ和の後ろを付いて歩いていた。雪の多い道は明るいけど、凍っているから滑らないように足下ばかり見ていた。
「おおっ、スゲー! 生足!」
 和の声に驚いて顔を上げると、制服を着た男の子と女の子がぴったり寄り添って、運河にかかる橋を渡っているところだった。二人ともこの寒いのにコートも着ていないし、女の子なんか和の言う通りミニスカートに生足だった。
 そう言えば、昼間この辺にいた車引きのお兄ちゃんも薄着だった。俺は絶対あのバイトは出来ないな…と全然違う事を考えていた。
「うちの地元の女子高生なんか、スカートの下にジャージ来て歩ってんのにまじスゲー。やっぱり彼氏の前ではオシャレでいたいのかな?」
 耳元で和が感心した様に囁くのを聞いて、俺は胸がチクっとした。
 俺は家から仕送りをもらってないから、バイトを掛け持ちしてても年中金欠だった。だから、見てくれに気を使う余裕がない。
 服は擦切れるまで着て、髪は伸びたら切るって感じだ。今は冬だから肩まで伸びてる。勿論、美容院なんて高いから行かない。
 和と付き合い始めたばかりの頃、センスが良くてカッコいい和の横に並ぶのは、すごく気が引けた。いや、今だって本当は……。
 俺が無言でじっと女の子の後ろ姿を見送っていたら、和が俺の手を握って歩き出した。暗かったけど、こんな往来で手を繋ぐなんてと慌てて離そうとしたけど、和はお店に入るまで離してくれなかった。

 帰り道は吹雪いていた。
 食事をしている間にまた雪が降り始めていて、倉庫街から目と鼻の先のホテルに戻るまでに身体が冷えきってしまった。
 二人してホテルの部屋へ駆け込むと、和は俺を先に風呂に押し込んだ。
 一緒に入れれば良かったけど、『ビジネスホテルよりちょっといい感じ』程度のホテルだから狭くて無理だった。
「部屋の中、暖かいから慌てて出なくて良いからね。ゆっくり温まって」
 和にそう言われたけど、早く出ようと慌てて身体を洗った。でも、頭を洗っている途中で、生足女子高生の姿が頭に浮かんで考え直した。風呂の栓を抜いて、また半分までお湯を溜めると、身体を隅々まで丁寧に洗った。
 交代で和が風呂に入っている間、俺は手持ち無沙汰で窓から外を見ていた。テレビ番組は東京と変わらないけど、見たい番組もない。家に居たって殆ど見てないし。
 今日のホテルは運河に近くて見晴らしが良い。でも夜だし、特に何が見えるわけでもない。雪が、繰り返し繰り返し、黒い運河に落ちて行く様が見えるだけ。
「リフレイン…」
 思わず呟いたら、「ルフランとも言うよね。雪、全然止まないね」と和が俺の後ろに立って言った。いつの間に出て来たのか、全然気づかなかった。
 暗い窓に映る和は、腰にバスタオルを巻いただけで、タオルでごしごし頭を拭きながら、窓に映った俺の顔を見ていた。
 部屋の中は浴衣一枚で居られるほど暖かいけど、裸じゃさすがに寒いだろうと思って、「風邪引くよ…」と和の浴衣を取ってこようとして振り向いたら、ばっと手を広げた和に抱き竦められた。
「かず?」
「俺、何か気に触る事言った?」
「…そんな事ないよ。どうして?」
「だって律、食事してる間ずっと上の空だったし、元気がない」
「それは…。でも、和のせいじゃないよ」
「じゃあ、何? どうして元気ないの?」
「それは…」
 裸でぎゅっと抱きしめる和の腕から逃れたくて、「本屋のバイト、辞めようかなって考えてたから…」と言うと、和は「えっ?」と驚いて俺の顔を覗き込んだ。
「どうして?!」
「だって、時給安いから…」
 食事に入った居酒屋で海鮮丼を食べながら、俺はずっとそんな事を考えていた。
 和と俺は、大学近くの本屋でバイト仲間として知り合った。そうでなければ、同じ大学でも学部が違う俺たちは、出会う事すらなかっただろう。
 付き合い出した今も、接点の少ない俺たちはあまり一緒にいられない。俺はバイトに明け暮れているし、父子家庭で家事をするのに忙しい和と会えるのは、大学近くの俺の下宿だけだけど、和が泊まる事は滅多にない。
 本屋は、そんな俺たちが一緒にいられる数少ない場所だから、出来れば辞めたくない。でも、時給の良い飲食店でのバイトを増やせば、服とか散髪代とか、少しは出せるかもしれない。そしたら、和の隣りにいても少しは釣り合いが取れるようになるかもしれない……。
 そんな事を考えていたから、新鮮な魚介の味もよく分からなくって、何だかとても味気ない夕飯になってしまった。
「旅行代、きつかった? こんな遠くにしなきゃよかった…」
 すごく落ち込んだような顔をする和に、俺は慌てて首を振った。
「そんな事ない! 俺、来たかったから! 和と、ずっと一緒にいたかったから、旅行すごく楽しみだった!」
 旅行の場所なんて、近くても遠くても、北でも南でも何処でも良かった。帰る時間を気にせずに一日じゅう和と一緒にいられる。しかも、四日も。それだけで、嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
「俺も、律とずうっとべったり一緒にいたかったから、旅行に誘ったんだ。来た意味ないかもだけど、別に観光なんてどうでもいいんだ。本当はこうして一日中抱き合っていたい」
「ん……」
 俺が頷くと身体を抱え上げられてベッドの上に押し倒された。

 和は俺の胸を開(はだ)けて、悪戯するみたいに小さな突起を舌で転がした。胸ではあまり感じない方だけど、今日は腰が疼いて仕方ない。
「昨日、いっぱいしちゃったし…何となく、歩きづらそうだったし…今日は駄目って…言われるかなって思ったけど…やっぱり、すごくしたくて…」
 胸に吸い付きながら途切れ途切れに囁く声にも感じてしまう。駄目なんて言うわけないのに、窺うように腰に巻いたバスタオルを外して、はち切れそうになっているものを擦り付けた。
 俺は自分も同じ気持ちだと分かってもらいたくて、和の手を取って足の間に触らせた。
 和は俺の膨らみを柔らかく撫でてから、浴衣の裾を割って中へ手を入れた。直に触れた途端目を見張り、嬉しそうに笑った。
「下着、着けてなかったなんて…すごいエッチに見えるよ、律…」
 言いながら裾を捲り上げた。今、自分がどんな格好なのか考えると恥ずかしくて、腕を交差して顔を隠した。
 風呂に入りながら、彼氏のためにオシャレなんて……まだ出来ないけど、今自分が出来る事で、何かしてあげたいと思っていた。だから、今夜は自分から誘おうと思って、下着を着けなかった。
 しばらくの間、和は喜々として俺の双つの膨らみや先端を嘗めたりしゃぶったりしていたけど、まるで犬がオモチャを銜えて遊んでいるみたいな感じで、焦れったくて仕方がなかった。
「か、ず…」
 もっと強い刺激が欲しくて催促するように呼ぶと、後ろに指を入れられた。いつの間にジェルを用意していたのか、濡れた水音を立てて窄まりを解される。
「昨日したせいもあるけど、柔らかいね…。自分でした?」
「う、ん…ぁ……」
 感じる場所を撫で回されて悶えながら返事をすると、「律もしたかったんだ?」と笑って、すっかり硬くなったそこをすっぽりと銜え、舌を這わせながら唇で扱き出した。
「あぁっ! 和、かず……んっ…あ…ぁ…出ちゃうよぉ……」
 すぐにも達してしまいそうで、いつもなら絶対出さない大声で叫んだ。
「昨日よりも感じてるみたいだね。すごい嬉しい……」
 和は嬉しがってそう言うけど、本当はいつだって同じくらい感じてる。普段は、下宿の壁が薄いから我慢しているだけ。
 もしかしたら、ここも隣りに聞こえるかもしれないけど、そんなのもう、どうでも良かった。和の言った通り、旅の恥はかき捨てだ。せっかく二人きりでいるのだもの、誰に遠慮がいるだろう。
「やあぁ、あっ、あ…ん、もう、駄目、かず…」
 離してと泣きながら訴えた。和の口に出すのはまだ抵抗があった。
「いいよ…達っても」
「やっ、やぁ…、も、挿いれて! かず…、挿いれて……」
 唇を離して上体を起こした和に両腕を伸ばして懇願した。
「ああ、律。大好きだよ」と和は感極まったような声を上げ、俺の両足を抱えた。そのまま露になった窄まりに、先走りがあふれ出てる切っ先を宛てがって、奥まで一気に挿入した。
「……ッ!」
 凄まじい圧迫感と衝撃に息が詰まる。同時に、和が動きを止めた場所から電気のような快感が走って、先から迸るのを感じた。
 吐息と共に「出ちゃった…」と言うと、「すごく濡れてるけど、大丈夫みたいだよ。まだ硬いし…」と俺のそこを握って緩やかに扱き出した。身体中が痺れてゾクゾク震え、和の首にすがりついた。
「あん…あっ、あっ…ぁ…んっ…」
 ああ、気持ちがいい…。また今にも欲望が吹き出してしまいそう。毎日するなんて初めてだけど、確かに昨日よりも快感が強い。明日も一緒に泊まるのに、これ以上感じるようになったらどうしよう…。
 和は俺のを扱きながら抽挿を始めた。初めはゆっくりと徐々に腰の動きを速くする。
「はっ、…あっ、…は…ぁ…」
 和の呼吸に合わせて自分でも腰を動かすと、まだ少し残っていた違和感も消滅した。激しく擦り合うそこが熱くて、じんじんして、もうおかしくなってしまいそうで、和の名を叫びながら泣いて身悶えた。
 こうして和と抱き合うといつも思う。どうしてこんなに気持ちがいいんだろう。どうしてこんなに幸せなんだろうって。だけど、普段はそれを素直に表せない。
 俺の心の中には、窓から見えたあの黒い運河と同じような負の感情が流れていて、和が好きなのに引け目を感じたり、必要以上に他人の目を気にしたり、もしもまた独りになってしまったら…と、純粋に好きという気持ちだけがあるわけじゃないから。
 でも、こうして触れ合う度、誰よりも和を好きだと思う気持ちが、雪のように降り続けているのを感じるんだ。喩え黒い運河に落ちて消えてしまっても、ただ、ただ、降り続けるんだ。繰り返し、繰り返し、いつまでも…。
「律、律……い、くっ……」
 和は呻くと目を閉じて、眉間に皺を寄せて息を詰めた。腰をぶつけるように激しく突き上げて、俺の中に熱い体液を注ぎ込んだ。
「ああっ……」
 自分の体温より熱いそれが流れ込むのを感じて、反射的に粘膜が蠕動して和を締め付けた。
「うっ、あっ……」
 放ったばかりだからか和は息を飲んで震えた。そのあとすぐ息を吐いて目を開けると、キスしながら俺の前を激しく扱き出した。
「んっ、ああぁっ……ん……」
 舌を絡め取られて扱かれながら、下も同時に扱かれて、俺は悲鳴を上げなら達ってしまった。放出と共に全身の力が抜けて、息を吸うのもやっとなのに、和はキスも扱くのも止めてくれなくて気が遠くなった。
 やっと俺の身体から出た後も、抱きしめて頬擦りして「好きだよ、律」と耳元で繰り返し囁いた。何だかもう鬱陶しくて苦しかったけど、同時に怖いくらいの幸福感に包まれて涙があふれた。
 和に抱きついて誤摩化したつもりだけど、俺が泣いている間中、ずっと「好きだよ」と言い続けてくれた。
 俺も涙が止まるまで、心の中で繰り返し繰り返し、『愛してる』と囁き続けた。

 (了)


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