INDEX NOVEL

秋 の 蛍 〈 後 編 〉

※ 性描写があります。18歳未満の方はお読みにならないでください。

 龍彦は鬼の形相で郁実を睨みつけながら階段を上がって来た。

「真打ち登場か。出番を心得ているね」

 郁実はそう呟いて肩を竦めると深雪から手を離した。龍彦は深雪の名を呼んで手を伸ばすと腕を掴んで立ち上がらせ、自分の背中に深雪を隠すようにして郁実を見下ろした。

「何してるんだって、訊いてるんだけど?」

「何って、話していただけだよ。ねぇ? 深雪くん。
 誰かさんが待ち惚けを食わせているから、一緒に帰ろうかと思ってさ」

 郁実は悪びれもせずにっこり笑って答えた。龍彦はちっ、と舌打ちして「余計なお世話だよ」と睨みつけた。郁実はゆっくり立ち上がると、尻の埃を叩き落としながら龍彦を一瞥した。郁実の方が少しだけ背が高かった。

「お前ね、司書の先生は六時で帰るの知っているだろ?
 こんな所にひとりでいさせたら可哀相だろ」

「俺は六時で終わらせるつもりだったんだ!
 なのに、頭の悪い連中ばっかりで、ちっとも進みゃしない――」

「それを上手くまとめるのが、お前の仕事だろ。
 終わらせられないのは、お前と会長の高橋に技量がないからだろうが。
 自分の無能さを棚に上げて人のせいにするな!」
「あっ、のっ! 僕は…待つのなんて全然平気ですし!
 それに、たっ、巻上くんは無能なんかじゃありません!
 だから、えっと、あのっ、喧嘩は、しないでください……」

 どんどん険悪になって行く遣り取りにはらはらしていた深雪は、意を決して龍彦の背後から顔を出して口を挟んだ。郁実は目を見開くと、大げさな素振りでもう一度肩を竦めて笑って見せた。

「大丈夫、喧嘩じゃないよ。こいつと話していると何時もこうだから。
 まあ、待ち人が来たんだから、お邪魔虫は退散しますよ」

 じゃあまたね、と深雪に声を掛けると郁実はひょうひょうと階段を下りて行った。龍彦は無言で睨め付けたままその後ろ姿を見送っていたが、その姿が消えてしまうと深雪の鞄を抱え、もう一方の手で深雪の腕を取った。

「ちょっと来て!」

 明らかに怒っている口調で言い放つと、深雪を引っ張って階段を下りはじめた。深雪は戸惑いながらも引っ張られるまま龍彦の後に続いた。
 連れて行かれた先は生徒会室で、中には誰もいなかった。龍彦は電気を点けて深雪を中に入れるとドアに鍵を掛け、更に窓のカーテンも閉めてから深雪に向き直った。深雪は所在なく出入り口の側に立っていたが、龍彦に応接セットのソファへ座るよう促された。
 おずおずとソファへ腰をかけたものの、怒りの風情を漂わせた龍彦の顔を直視できない深雪は、初めて入る生徒会室の中を瞳だけ動かして見回した。六畳ほどの部屋の中には応接セットと、出入り口に面した壁際にスチール製の書棚と体育祭で使用する優勝旗が置いてあった。正面に視線を戻すと、壁に据えられた時計は午後七時を回ったところだった。クラブに入っていない深雪は、こんなに遅くまで学校にいたのは初めてだと思った。
 龍彦はカーテンを引いた窓に凭れて腕組みしながら尋問した。

「深雪。どうして郁兄…、篠山先輩と一緒にいたの?」

「偶然、美術室から図書室の入り口が見えて、僕がいつまでも帰らないから、
 おかしいと思って声を掛けてくれたみたい…」

「嘘だね」

「えっ?」

 深雪は決めつけたような強い否定の言葉に驚いて龍彦の顔を見詰めた。

「嘘じゃないよ。先輩そう言ってたし…」

「嘘だよ。偶然なんかじゃない! 美術室から見えたからって、
 興味がある人間じゃなければ、誰がわざわざ覗きになんて行くもんか!
 先輩はわざと深雪の所に行ったんだよ。一体、いつ知り合ったの?
 俺のいない間に何の話をしていたんだよ!」

 龍彦は怒りを露わにして怒鳴った。こんな激した龍彦を見たのは初めてで、深雪は竦み上がりながらも必死に言い返した。

「いっ、いつって…今日だよ。さっき初めて口をきいたくらいで、別に何も…」

「今日、初めて? 嘘だろ?! それで、どうしてあんな風に親しそうにできる?
 俺が声を掛けなきゃ、あのままキスしてただろ!」

 謂われのない非難にショックを受けて、深雪は思わずソファから立ち上がった。何故こんな酷い事を言われるのかと、哀しくて居たたまれなかった。この二週間というのも、自分がどんな気持ちで過ごして来たと思っているのか。さっきだって、ずっと龍彦の事しか考えていなかったというのに。
 深雪は鞄を掴むと出入り口へ駆け出したが、鍵がかかっていてすぐには開かなかった。ガタガタと音を立ててドアを開けようとしている深雪を、龍彦が背後から腕を回してぎゅっと抱きしめた。

「ねぇ、そんなに嫌だった? 俺が祭りの夜にした事…。
 あれから深雪、変だよね? 俺を避けてるだろ。
 俺より郁兄…、篠山先輩の方がいい?」

 深雪の肩に額を乗せて、絞り出すような切ない声で龍彦が囁いた。深雪は驚いて固まったまま動けなかった。嫌って、どうして? 何で、そこに篠山先輩が出てくるのだろう。
 郁実の話していた内容も要領を得なかったが、龍彦の言っている事も訳が分からない。自分がどう仕様もない馬鹿になった気がした。

「ごめん、俺、あんな真似して…。深雪も俺を好きだって早合点して舞い上がって…。
 あの後から深雪、俺と顔合わせてくれないし、そんなに嫌なら――」

 黙ったまま答えないのを肯定と受け取った龍彦は、深雪を置いてどんどん先走っていく。深雪の中で何かがぷつりと切れた。

「龍彦のばかっ!!」

 抱き込む腕を振り解いて向き直った深雪は、龍彦の胸を拳で叩きながら大声で叫んだ。

「何でそうなるのっ?! 何で信じてくれないの? 何で分かってくれないの?
 何でっ! 何でっ! なんで――」

「深雪? えっ? 深雪?」

 ぼろぼろ泣きながら暴れる深雪を龍彦は慌てて抱きしめた。

「僕が好きなのは龍彦だよ!! 篠山先輩なんて知らない!
 本当に今日初めて口をきいたのに、どうして信じてくれないの?
 どうして僕が、そんな知らない人を好きにならなきゃいけないの?
 龍彦にされた事、嫌なんかじゃない! 嬉しかった…夢みたいだった。
 なのに…どうして? 変なのは龍彦の方だろ!
 祭りの夜、何で泊まらないで帰っちゃったのっっ!?」

 目が覚めたらひとりで、だから自分が見たエッチな夢なのかと思ったと、告白し合った筈なのに全然変わらない関係にからかわれたと思ったのだと、深雪はしゃくり上げながら、ずっとぐるぐると思い悩んでいた胸の内を洗いざらいぶちまけた。

「龍彦は知らん顔で、あれから何も言ってくれないし…。
 今日だって、竹岡さんにもらったプレゼントなんて僕に寄こすしっ!!
 僕がどんな気持ちでいたか分かる? ばかっ! 龍彦のばかっ!」

 ばか、ばかと龍彦の胸に顔を埋めて何度も繰り返す深雪の耳を龍彦がペロリと舐めた。ひっと声を上げて深雪が顔を上げると、満面の笑みを浮かべた龍彦と目が合った。

「悪かった。ごめんな、深雪。好きだよ。大好きだ!」

 言うが早いか接吻されていた。
 祭りの時の比ではないくらいの激しいキスだった。舌を絡めて吸い寄せられ、龍彦の咥内で扱かれる。甘噛みされて擦られて、それこそ食べられてしまうのではないかと鳥肌が立った。それでも必死にしがみついて龍彦の与える愛撫に応えていると、下腹が痺れて熱を孕んできた。

「んっ、んんっ、ふっ、ん…」

 頭の片隅で、ここは学校なんだと警告している声がする。止めて欲しいと喉の奥で声を上げたのを、龍彦は何を勘違いしたのか、ひょいっと深雪の身体を横抱きに抱え上げてそのままソファへ移動した。

「ごめんっ、ちょっと我慢できない!」

 龍彦は焦ったように言い放つと深雪をソファへ下ろし、あっと言う間に深雪のズボンを下着諸共剥ぎ取って股の間に割って入った。深雪は慌てて開襟シャツの裾を両手で引っ張って大事な所を隠そうとしたが、龍彦は右手で易々と深雪の両手を拘束し胸の上まで持ち上げた。隠すどころか胸まで曝してしまう恰好になった深雪は、真っ赤になって抗議の悲鳴を上げると龍彦を睨みつけた。
 跪いて下から覗き込む龍彦は、深雪の拒絶に困ったように情けなく眉尻を下げて懇願した。

「深雪に避けられてると思うと、怖くて近づけなかった。もう二週間だよ…。
 ずっと深雪に触りたかった…こんな風にしたかった。
 仕方ないから夢の中で何度も深雪の身体を抱いた。でも、もう俺、我慢の限界!」

 龍彦は叫ぶように言い捨てて深雪の小さな乳首に吸い付くと、空いている左手で半勃ちになっている深雪自身を握り込んだ。

「やっ、あ…」

 深雪は否も応もなく快楽の波に引きずり込まれた。胸の突起を舌先で転がされる度、見る間に龍彦の手の中で、蕾が大きく膨らんでいく。
 羞恥がちらりと頭を掠めるけれど、深雪だってずっと龍彦に触りたかった。素敵な思い出と言いながら、あの時、最後までしてもらえば良かったと、何度臍を噬んだことか。

「僕も…触りたい…。龍彦の、触らせて…」

 深雪は喘ぎなら小さな声で訴えた。煌々と明るい蛍光灯の下で全てを曝して、こんなにも直裁な愛撫を受けているのに、どこか現実の出来事だと思えなかった。直接自分の手で触れて、龍彦を感じたかった。
 龍彦は顔を上げると目を細めて深雪を見上げた。

「触ってくれるの?」

 こくりと頷く深雪に嬉しそうに笑いかけると、拘束していた深雪の手を離し、今度は膝裏から腕を差し入れて、背中までしっかりと深雪を抱えて立ち上がり、そのまま一回転してソファに座った。深雪は一瞬で、龍彦の膝の上に大股開いて馬乗りになっていた。
 龍彦は唖然としている深雪の唇にチュッと音を立ててキスすると、深雪の左腕を自分の首に回して掴まらせた後、急いでベルトを外してズボンの前をくつろげた。
 中から現れた龍彦の雄蘂は、既に固く猛って天を仰いでいた。初めて間近に見るその形と大きさに、深雪は驚いて目を見張ると、ごくっと生唾を飲み込んだ。

「全然、違うもの…みたいだ…」

 深雪は真っ赤になって恥ずかしそうに呟くと、萎みはじめた自分の細やかなそれを、もじもじと膝を閉じて隠そうとした。龍彦は咄嗟にそれを右手で包み込み、柔らかく揉み出した。

「深雪のは白くてすごく綺麗だよ…。俺の、触ってくれるんだろ?」
 
 ほらっ、と促されて龍彦の猛りを震える手で握りしめた。手の平に伝わる熱い脈動に、深雪は何故かとても興奮した。夢ではない本物の龍彦。それだけで胸が震えた。
 龍彦はゆっくりと深雪を扱き、固く成長したその感触を楽しむように亀頭や裏すじを愛撫する。左手の指がシャツの下から深雪の背骨に沿って這い回る。ぞわりと震えた深雪の先端から、たらりと先走りが溢れて龍彦の指を伝った。少しずつ速くなる指の動きに合わせて淫猥な水音が響きはじめた。
 堪らず龍彦の肩に凭れて小さく喘ぎなら、深雪も懸命に同じように指を動かすけれど、快感に震える指は上手く動いてくれなかった。

「深雪、しっかり掴まって」

 焦れったくなったのか龍彦は早口でそう言うと、深雪の腰を引き寄せて膝を開いた。深雪の腰が自然と下がって股間が密着する。深雪の右手ごと二本の雄蘂をまとめて両手に包み込むと、二本同時に扱きはじめた。

「あっ、あ…んっ、ん…」

 深雪は快感に痺れた頭を龍彦の肩に預けたまま薄く目を開けて、包まれた自分と龍彦のものを喘ぎながらじっと見詰めた。龍彦の日に焼けた大きな手が忙しなく上下に動いている。もう、どちらのものか分からない体液に濡れながら滑らかに絡み合うふたつの分身。
 指が与える刺激は勿論だが、自分のものに擦りつけられる熱く力強く脈動する龍彦の男根に、深雪は異常なほど興奮して上り詰めた。龍彦とは別の生き物ののような、この少し怖い肉塊が愛おしくて堪らなかった。

「深雪…深雪…もっ、出る…うっ、くっ!」

 龍彦が絞り出すように呻いた後もっと激しく扱き上げたので、深雪は息を詰めて目を閉じるが早いか、龍彦の手の中に白濁を放っていた。少し遅れて龍彦も射精したようだが、目を開けた時には先端にハンカチを当てられていて、放ったものは見えなかった。深雪はちょっとがっかりしながら早鐘のように鳴り続ける鼓動が治まるのを待った。
 龍彦も肩で息をしていたが、肺の鍛え方が違うのか息が整うのが早く、涼しい顔でさっさと身繕いを済ませてしまうと、未だくったりしている深雪を膝の上に抱え直して抱きしめた。
 自分だけ下半身を曝して密着している体勢が恥ずかしく、降りると言って身を捩ったが、龍彦は離してくれるどころか深雪の尻たぶを揉み上げた。
 深雪は嫌だと抗議の声を上げて睨んだが、龍彦はしれっとした顔で、「だって全然足りないんだもの」と呟くと、更に指に力を入れて尻を掴んで谷間を開き、露わになった窄まりを指先でゆるりと撫でた。「ひっ」と声を上げて身震いした深雪のうなじに唇を寄せて、「早くここに挿れたい…」と囁いた。

「今度の土曜日、蛍狩りに行こう。その後、深雪んちに泊めてくれる?
 深雪を全部独り占めしたい…」

 蛍狩り――と聞いた瞬間、『彼奴、俺が誘った時は袖にしたくせにね』と郁実の言った台詞が蘇って深雪の心は冷たくなった。

「『蛍狩りに行こう』って誘い文句なんでしょう?
 龍彦は、篠山先輩に誘われた事あるの?」

 反射的に言葉が滑り出していた。龍彦は「ええっ!?」と素っ頓狂な声を上げて深雪の顔を凝視した。

「さっき、先輩に聞いた…」

「何でそんな話を…。郁兄の野郎! 碌でもない事話しやがって…」

 じっとりと恨めしく見詰める深雪に当惑顔を見せてぼやいた龍彦だったが、ため息をつくと意を決したように話しはじめた。

「俺ね…、女が好きじゃないんだ。まるっきり駄目なんだ。
 どうしていいか分からなくて悩んでいた時に、いろいろ相談に乗ってくれたのが、
 従兄弟の篠山先輩でさ。あの人、男も女も大好きって節操無しだから、
 相手してやるよって言われたんだけど…嫌だったから…。
 そりゃぁ、従兄弟としては好きだよ。でも、俺は…やっぱり好きな人とじゃなきゃ、
 そういう事するの嫌だったから…断った」

「女の人が…駄目…?」

 俄には信じがたい告白に、深雪の口が自然と開いた。龍彦はニヤッと笑って、
「だから深雪は、竹岡さんに嫉妬する必要なんかないんだよ」と耳元で囁いた。

「祭りの夜、蝉の咄をしただろう?
 ずっとひとりだと思っていたけど、深雪に一目惚れしたんだ。
 深雪が普通に女の子を好きでも、絶対口説き落とすって決めてたんだ。
 だからあの夜はすごく嬉しかった。泊まらないで帰ったのは、
 諦めるって言ったのに、寝ている深雪を犯したくなっちゃってさ…。
 月曜日は、やっぱり恥ずかしかったから、確かに意識し過ぎて変だったかもね…。
 誤解させて悪かった。でも、からかうってさ、深雪…。
 好きじゃなきゃ、誰があんな事するもんか!!
 やっぱりあの時、半分聞いてなかったんだな……」

 呆れたように盛大なため息をついた龍彦に、やぶ蛇だったと深雪は赤くなって下を向いた。

「深雪、一緒に “ 秋の蛍 ” を見に行こう」

 幻じゃなくて、本当にいるんだから。結構きれいだよ、と言って龍彦は深雪の耳朶を甘噛みした。それから深雪の尻を撫でて、朝まで付き合ってね…と囁いた。
 深雪は赤くなった顔を隠すように龍彦の肩に顔を埋めて「エッチ…」と小さく呟いた。龍彦は深雪を抱きしめて、嬉しそうにクスクスと何時までも笑っていた。

 (了)


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