INDEX NOVEL

忘れられないホワイトデー
愛の音痴克服法 〈 後日譚・1+α 〉

※ 性描写があります。未成年の方はお読みにならないでください。

 4月最初の日曜日に、聖夜は繁に引っ張られ、銀座の老舗宝飾店で指輪を買わされた。それが繁が求めた医師国家試験の合格祝いだったからだ。
 二人が入って行くと店の中がざわついた。
 日曜日の昼下がり、店は結婚を控えたカップルと女性客で一杯だ。そんな中に、男二人で入って来た上に、すぐにマリッジリングのあるショーケースを覗きながら、「自分たちの探してるんですが…」と言ったのだから無理もない。
 もちろん、聖夜は穴があったら入りたいくらい身の置き所がない心地だったが、逃げ出したくても繁がガッチリ腕を掴んでいる。それも注目を浴びる一因なのだが、本人たちは気づいていない。
 店員も最初は戸惑っていたが、さすが老舗の宝飾店だけあって素早く二人を個室に案内すると、若い店員と主任らしい女性の二人掛かりで懇切丁寧…を通り越して、たじろぐくらい熱心に対応してくれた。
 店員は聖夜と繁の指のサイズを測り、事細かに希望を聞いた。そうして、ショーケースから次から次へといろんなタイプの指輪を出して、二人の前に並べ立てた。
 全面に細かい葡萄の細工が施されたものや、燻し銀の黒いもの、宝石がついた華奢なものや、男がつけても似合いそうなゴツいタイプまで、それこそ決めるのに困るくらいに。
 聖夜は繁に任せて見ているだけだったので、繁がたっぷり2時間かけて迷いに迷い、結局店員お勧めの、二つ合わせると聖夜と繁のイニシャル “ S ” が読めるという乙女チックな割に、意外とゴツいデザインのリングに決めた。そして一緒に、聖夜のためのプラチナのネックレスも購入した。
 人ごとのように見ていた聖夜だったが、ふと、オーダーした指輪が、イニシャルになる部分以外鏡面仕上げだったので、チェーンで擦ったら『指輪に傷つくのでは?』と心配になった。
「傷ついちゃうよね…」
 聖夜の呟きを聞き漏らさなかった店員は、それがいいのだと微笑みながら説明した。
「その傷が二人で共に日々を過ごした証になりますから、気になさらなくていいんですよ。あまり傷が激しいようでしたら、当店でクリーニング…傷消しは出来ますから、ご安心ください。いつでもご来店くださいね。お待ちしてますから…」
 キラキラした目でそう言われ、さすがに繁もたじろいだが、聖夜はへぇ〜と感心し、「じゃあ、ずっとしてられるな…」と指輪を見つめながら小声で呟いた。
 思わずこぼれたひとり言を、繁はもちろん店員もしっかり聞いていて、顔を見合わせて微笑んでいたのを、聖夜は全く気づいていなかった。

 それから二ヶ月――。
 今、聖夜の首には、いつでも指輪を通したネックレスが揺れている。
 風呂に入る時も、寝る時も、取ると怒られるから外さない。初めのうちは服を脱ぎ着する時ひっかけたりして大変だった。最近、ようやく身体の一部になったような気がする。
 いつもは胸元にある指輪だが、「仕事場以外ではちゃんと指にはめてね」と言われているので、休日には聖夜の左手の薬指で輝いている。
 繁は常にしっかりと指にはめているから、授業が始まっているのに大丈夫かと、聖夜はとても気を揉んだが、繁は「おめでとうって言われたよ」とケロリとしていた。
「教授に、『スポンサーに逃げられないように、しっかりご奉仕しなさい』って忠告されたよ」
 学者や研究者を目指す人は、一人前の稼ぎが得られるまで何年もかかるから、学生時代に結婚する人が多いのだそうだ。だから繁が結婚したと言っても誰も驚かなかった。
 事実婚だとも言ってあるから、戸籍についてもとやかく言われる事もないし、日常生活に支障をきたす事は全くなかった。
 もちろん、隠れファンクラブが出来るくらいだから、繁がどんな美女と一緒になったのかと興味は持たれたらしいが、「見せたら減るから。絶対に見せないよ…」とドスの利いた声で告げたら、周りはあっさり引き下がったらしい。
 飲み友になった椿だけは、「結婚式をしようよ〜」と煩かったが、聖夜が『これ以上アホぬかすと、もう一緒に飲みに行かない!』と絶交警告メールを送ってからは静かになった。
 そう。聖夜が恐れるほどには、日常は何も変わらなかった。ただ、変わった…と言うか、困った事はあるが……。

「ひっ、うっ…うぅ……ぁ……」
 正常位で繁を受け入れた状態で、繁の身体が密着すると苦しい事この上ない。
 それが分かっているくせに、繁は毎度挿入するとすぐに、聖夜にキスしながら首にかかったネックレスを外す。それから身体を起こすとゆるゆると腰を使いながら、指輪からネックレスを引き抜いて、鎖はベッドサイドのテーブルの上に置く。
「はい、聖夜さん。左手出して」
 嬉しそうな声で命令され、聖夜は仕方なく震える左手を繁に差し出す。繁はその手を取ると、細くて長い薬指にマリッジリングをはめた。
 困り事。それは夜の営みに、まるで儀式のようにこの動作が加わった事だ。
 挿入したまま指輪をはめるって、どんな羞恥プレイだよ…と恥ずかしくて仕様がない聖夜は、なるたけ自分で指輪を付けるようにしているが、平日は家事などで忙しく、すぐにつけるのを忘れてしまうのだ。
 今日も、テレビを見ながらウトウトしていたら、気がついた時には既に繁に組み敷かれていた。「平日じゃないか!」と抗議したが、「明日は祝日です」としれっとした顔で返された。そうして、いつものプレイに突入したのだ。
「あっ、あっ、あぁ…んん……」
 腰の動きを徐々に速くしながら、繁は聖夜の胸の突起を指の腹で捏ねくり回す。無意識にその愛撫から逃れようとして悶えると、両手の指を絡ませて手のひらをシーツに押さえつけられた。
 組んだ右手の薬指の付け根に、繁のリングが当たっているのが分かる。繁は目を細めて、聖夜の左手の方を眺めている。ぐっと力を入れられると、聖夜の指輪が動いた。
「動いて、いい?」
 もう、かなり激しく腰を使っているくせに、わざわざお伺いを立てる。
「ん……ふ……」
 返事とも言えない吐息を聞いて、繁が抽挿を開始した。
 じくじくと疼くような痛みと紙一重な気持ち良さに襲われる。お互いに手を握り合っているから、肝心な前の部分が心もとなく揺れるだけで、なかなか昇り詰める事が出来ない。
 ジレたように繁を見上げると、スケベそうな薄ら笑いを浮かべて聖夜を見下ろしていた。
『こいつ、どんどんスケベ親父っぽくなるなぁ…』と思いながら、繁の思惑通りに「触って…」と流し目を送ると、「どっちの手で?」と聞いた。
 聖夜は『もぉ〜〜っ! どっちでもいい〜』と思いつつ、涙目で「左手っ!」と喚いた。途端にぐっと握られて、暖急つけて扱くものだから堪らなかった。
「あ〜〜っ、あっ、あっ…あぁ…ん……イイ〜〜……」
 凹凸のある冷たい指輪が裏筋を刺激して、自然と喘ぎ声がデカくなる。絶対わざとしてると思うけれど、こんなにイイなら、繁が勧める大人のオモチャも使ってみるか…と、何だか自分でも深みに嵌って行くのが分かるのだが、気持ちイイんだから仕方ない。
 これも変化の一つかなと思いながら、今夜も聖夜は幸せな絶頂を迎えたのだった。

 (了)

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