INDEX NOVEL

ことのはじめ

※ 性描写があります。18歳未満の方はお読みにならないでください。

 タクシーがマンションに着く直前、修二は目を覚ました。ゆっくり瞼を開け、瞬きを繰り返す。その仕草が子どもっぽくて可愛らしいと聡はうっすら微笑んだ。
「おれ…ずっと寝てた?」
 そうだと頷くと、「夕べ、否、もう一昨日か…よく眠れなくて…」と、申し訳なさそうに瞼を擦った。まだ少しぼうっとしている。それでも車内で幾らか眠ったのが効いたようで、湯島を出た時より顔色が良くなっていた。おまけにマンションに着いた途端、お腹空いた…と呟かれ、聡は可笑しくて声を立てて笑った。
 修二に先に風呂に入るよう勧め、聡はキッチンで雑煮擬きを作った。インスタントのお吸い物に、修二が茹でておいた小松菜とかまぼこを入れ、だし醤油で味を調えただけの簡単なものだ。修二が風呂から上がるのを見計らって、最後に焦げ目がつくくらい焼いた餅をのせテーブルへ運んだ。
 修二は寝間着にガウンを羽織り、タオルで頭を拭きながらテーブルへ着いた。
「お雑煮?」
「そう、鶏肉も入ってない “ 擬き ” だけどね」
 いい匂いだと微笑みながら修二は箸をつけた。
「ところ変わればで、京都の雑煮は白みそ仕立てなんだってね。修二も向こうで食べたの?」
「うん。美味しいは美味しいんだけど、俺の口には合わなくてね。作り方を教わったけど、結局作らなかったな。関西の味付けは何でも美味いと思うけど、好き、というのとは少し違うよね。普段は何も感じないけど、こういう時に “ 水が合わない ” って言葉を実感する」
「自炊していたの?」
「ああ、大抵はね…」
 修二の語尾が濁った。あまり触れて欲しくない話題なのだろう。京都時代の話は禁句という訳ではないが、お互い触れないようにしていた。訊きたい気持ちはやまやまだが、訊けば、一年もの間女性と同棲していた事や、その女性に刺された “ 事件 ” を避けて通れない。聡としても気分良く聞ける話ではないので、つい避けてしまうのだ。
 ひと通りの話は田辺から聞いて知っている。でも、それは事件の経緯であって、新聞記者をしていた修二の日常に関しては一切知らない。田辺に訊けば教えてくれるのかも知れないが、それも業腹で出来そうになかった。
 二人の間には七年という長い時間が、目に見えない大きな河となって流れていた。渡ることの出来ない河を対岸から互いに眺めているのだ。
 急に会話が途切れ、互いに黙々と箸を運んだ。つらつらと詮無い物思いに囚われていた聡は、修二がじっと見つめているのにも気づかずに、食べ終えた食器を重ねて持ちながら、「お風呂に入ってくるね」と上の空で席を立った。
 聡が烏の行水で風呂から上がると、リビングの電気はフットライトを残して既に落とされていた。修二が先にベッドに入ったとすれば、今頃はもう夢の中かも知れない。聡は半分以上ガッカリした気分になったが、壁掛け時計に目をやれば、既に午前三時を回っていて、それも致し方ないと苦笑いした。
 頭をタオルでぞんざいに拭きながら寝室のドアを開けると、ベッドサイドの明かりを灯して修二は本を読んでいた。聡が入ってきた事に気づくと本を閉じ、枕の下へと押しやった。徐に仰向けになると掛け布団の端を捲って ――
 聡は驚いて目を見張った。ベッドの中の修二は何も身に着けていなかった。
 聡の視線を受けてゆっくりと上体を起こしたため、修二の顔はライトの明かりから外へ出た。多分わざとそうしたのだろう、その代わり掛け布団から半分だけ覗いた桜色の乳輪と股間の薄い下生が見えた。無言のままで表情もよく分からないが、恐らく精一杯の修二の “ 誘い ” は、十分に効果があった。聡は頭に乗せたタオルを取り落とし、飛び着くように修二の身体に喰らいついた。
 ひとしきり激しく修二の唇を貪って、苦しげに空気を求める薄い唇を解放した。ほっと息をつきながら濡れた瞳で見つめてくる修二の頬を撫でて、「どうしたの?」と囁きかけると、さっと修二の肌に紅がさした。
「聡が…」
 欲しかったから…。殆ど吐息と変わらない囁きだった。
 睫毛を震わせながら伏せた瞼に口づける。この半年間、数え切れないほど身体を重ねたが、修二から求めてくるのは希だった。
 行為が嫌だというのではない。昔と違って一旦抱き合ってしまえば、最終的には我を忘れて求めてくれる。ただ恥ずかしいだけなのか、未だ受け入れる事に戸惑いがあるのかは分からない。余り欲張ってはいけないと思いながらも、求めて貰えない寂しさを感じていた。
「どうしよう…。すごい嬉しい。僕も、湯島からずっと我慢してたんだ…」
 どうしようと何度も囁いて、修二の顔中にキスを降らせた。そのまま顔のラインを辿って首筋に唇を這わせると、吐息を漏らした修二の喉仏が小さく上下した。それほど目立つ訳ではないが、全体的に線の柔らかい修二の身体の中で、唯一男性を意識させる場所だった。背中に腕を差し込みほんの少し持ち上げると、修二の背中が緩やかにしなり、白い喉を曝して胸を突き出す恰好になった。
 固く立ち上がった胸の突起は、まだ薄い桜色をしている。それが行為が進むにつれて、赤く熟れていく様を見るのが好きだった。特に修二は左胸の感度が良い。甘い果実を食べるように口に含んで舌先で味わう。
 修二の口から艶やかな喘ぎ声が零れた。聡の臍の辺りに当たっている開きかけの蕾から、早くも蜜が溢れ出した。
「ここ…、以前より少し色が濃くなったよね…」
「そんな事、言わな…いっ…で…」
 聡の愛撫に震えながら、首を振って恥じらう修二に目を細める。意地悪く乳輪ごと吸い上げて甘噛みすると細い悲鳴を上げて聡の頭を抱え込んだ。執拗に舐ってから唇を離すと、艶やかな赤い桜の実になった。
「恥ずかしい? でもね、これは僕がどれだけ修二を愛したかって証拠だから。僕はもっと感じて欲しいよ、今以上に。そう…出来ればここだけで達けるくらいに」
 聡の言葉を聞きながら修二は潤んだ瞳を瞬かせた。
「…これ、以上…?」
 困ったように呟く修二に、そうだよと言って身体を起こし、修二の両の乳首を指で摘んで柔らかく捻る。修二にとっては少し辛いのかも知れない。目を閉じて眉間に皺を寄せたが嫌がる様子は見せなかった。指と唇で好きなだけ悪戯していると堪らなくなったのか、すっかり勃ち上がった欲情の証を聡の下腹に擦りつけるように腰を振った。
 こんなに感じていても、口に出して言えない修二らしい催促の仕方に苦笑を洩らすと、悪戯の指を離して修二の頬を撫でた。
「焦れったい?」
 聡の問いかけに目を開けた修二の頬が赤くなる。頬から唇に指を這わせて上唇をなぞると自然と口が開いた。
「修二、舐めて…」
 左手の人差し指と中指をそっと差し込む。決して命令している口調ではないが、低く耳を擽る声音で囁くと、修二は従順に舌を指に絡ませた。
「濡らすように…そう、上手だよ…」
 言われる事の一つ一つに従ううちに、修二自身で興奮してきたのだろう。まるで聡のそれを愛する時のように丹念に舐った。
「いいよ、修二…。口を開けて」
 修二の口から指を引き抜くと、聡は修二の左側へ寄り添って横になり、右腕で修二の身体を抱き寄せた。濡れて光った唇に吸い寄せられるように口づけながら、たっぷり湿らせた指を修二の後へと這わせる。聡の動きを察して修二が右足を立てて道を開いたので、迷いのない動きで最奥の入り口へと指を滑り込ませた。
 異物の入る刺激に修二が喉を鳴らす。宥めるように修二の唇を柔らかく食みながら、ゆっくりと回すように指を進ませた。久し振りの挿入にも拘わらず、するりと飲み込んでしまった窄まりの感触に、聡は驚いてぴたりと動きを止めた。
 師走の中旬に風邪を引いた修二の身体を気遣って、挿入込みのセックスはここ暫くしていなかった。三十日に求めた時は実家に帰る前だからと、聡の求める逆の理由で自重させられたのだ。お互いを慰め合っただけで、こちらには触れてもいない。なのに…。
 心拍が速くなるのが自分でも分かる。頭の隅で冷静になるように自分自身に言い聞かせながらも、どうしても指に力が入る。少し乱暴に指を引き抜くと、引きつれる痛みに修二は声を上げた。
 涙目で見上げる修二の顔を眺めると、疑問符を浮かべただけで常と変わらない。その表情に半信半疑で問い質した。
「修二…、後が柔らかい。どうして? 昨日、否、一昨日、まさか田辺の家に…」
 泊まったからと言って、田辺と何か起こる筈もないと思うけれど、どうしても真っ先に浮かぶのは田辺に対する疑惑なのだ。
 聡の問に首を傾げた修二だったが、一拍置いた後に見る間に頬を紅く染めながら懸命に首を横に振った。どちらとも解釈が出来る素振りに、聡は思わず修二の手首を掴んで引き寄せた。その勢いに修二は慌てて声を絞り出した。
「ちがっ、う! じっ、自分で…」
「さっき? お風呂で?!」
「それも、あるけど…。大晦日の夜…じ、ぶんで…」
 羞恥に顔を染めながら自分でしたのだと修二は消え入りそうな声で答えた。途中で薄々感じてはいたけれど、勢いに任せて問い詰めた答えが期待通りだった事に、聡は安堵とともに、信じられないという思いが交差しいていた。
 修二は性に対して淡泊な人だった。あまり自慰もしないと言っていたし、女性との性交渉でも殆ど感じなかったというから、もともとゲイの傾向があった ―― しかも受け身として ―― とは、聡も既に十分感じているけれど、男としての自尊心が非常に強い人だから、焦らして慣らして理性の糸が切れる瞬間まで素の部分が現れない。それが、自分で、しかも後を弄ったというのだ。
「修二…もしかして、寂しかったの?」
 湯島で会ってからの何時にない甘えた態度も、こんな夜半を過ぎてからの誘いも、たった一日とはいえ離れていた寂しさからなのだろうか。思えば同棲を始めてから初めての外泊だった。
 赤い顔のまま横を向いてしまった修二がコクリと頷いた。
「大晦日の夜、何故かやたらと感傷的になって…なかなか寝つけなくて。ひとりで布団にくるまっていたら、聡の匂いが残っていて…堪らなくなった。たった一日離れていただけなのに…」
 ひとり寝がさびしかった…。顔だけでなく身体全体を薄紅に染めた修二に、堪らないのは自分の方だと聡は喜びに震えた。
「僕も寂しかったよ…。ねぇ修二、これから年末年始は…、否、季節の節目は全部、ふたりだけで過ごそう」
 修二は振り返り、それは駄目だと首を振る。さらに否定の言葉を紡ぎ出そうとする唇に、聡は人差し指を当てて黙らせた。
「普段から家には顔を出すようにする。きちんと親孝行もする。だから、特別な日は修二と過ごしたい。今回、戻ってみてはっきり分かった。実家はもう親の家であって、僕の家じゃない。長年過ごした自分の部屋も、懐かしいけれど落ち着ついて過ごせる場所じゃなかった。ここに帰ってきて心底ほっとしたよ。もう僕にとって “ 家 ” と呼べるのは、修二と一緒に暮らすこの部屋で、僕の “ 家族 ” は…、もう、修二なんだよ」
「家族…。俺が…?」
「そう。僕はゲイだと自覚してから、結婚とか家庭をもつという考えを放棄していたけどね、修二と暮らすようになってから “ 家庭 ” というものを意識した。修二は僕の恋人で、伴侶で、一生を共にする人だもの。そういう人を “ 家族 ” 以外の何と呼ぶの? これは、僕の独り善がり?」
 笑いながら首を傾げて問いかけると、修二は潤んだ瞳を向けたまま首を横に振った。
「実家での座りの悪さを感じた時、僕はやっと独り立ち出来たんだと思ったよ。親を大事に思う気持ちは変わらない。でも同じくらい、自分の家族を大事にしたい。大切な日は “ 僕の家族 ” と過ごしたい。何か間違った事を言っているかい?」
 じっと見つめる瞳から涙が一筋こぼれ落ちた。思わず目尻に唇を寄せ舌先で拭うと修二は瞼を閉じて聡の首に腕を回して抱きついた。頬に触れた唇が「ありがとう。嬉しい…」と囁く。愛しさが込み上げて、同時に劣情に火が点いた。深く深く口づけた後、身体を起こしてサイドテーブルの引き出しからローションを取り出し、指先をたっぷりと湿らせた。
 修二は目を伏せたまま先ほどと同じように右足を開く。いきなり二本の指を挿入させたが抵抗なく呑み込んだ。馴染ませるようにぐるっと中で回転させると、あっ、と切なげな吐息が漏れた。
「ここに、指を入れたの? 僕の指とどっちが気持ちいい?」
 聡が耳殻に唇をつけて息を吹き込むように囁くと、ふるっと震えた修二の肌が粟立つ。同時に胸の突起も雄蘂も勃起した。一番感じる場所を掠めるように指を回しながら抽挿を繰り返すと、修二は聡の胸に頬をつけて喘ぎを怺えた。
「気持ちいい? ねぇ修二、後だけじゃないよね。前も、触ったんでしょう? どんな風にしたの? 後はしてあげるから、前、して見せて?」
 修二ははっと目を開けて、ふるふると首を横に振った。
「嫌? でも、このままじゃ辛いでしょう? 僕は手が塞がっているから触ってあげられないよ?」
 右腕は修二の枕になっている。わざとヒラヒラと手を動かした後、修二の首筋を撫で上げた。逃れようと益々聡に擦りつくから胸に熱い吐息がかかる。修二の中に埋めた指を三本に増やして感じるポイントを責め立てると、堪らずに腰を振り始めた。
「やっ、あっ、あっ、…さ、とし、やっ…あ…」
「我慢しないで…」
 腰の動きに合わせてゆらゆらと揺れる雄蘂からトロリと蜜が溢れ出ると、修二の右手が慌てたように零れる蜜を拭い取った。一度触ってしまったら躊躇いが取れたのか、修二は大きく息を吐き出してから右手で雄蘂を包み込み、ゆっくりと快感の海に身を沈めた。
 後孔を掻き回す聡の指が四本になり淫猥な水音が響き渡る。修二はその音に呼応して腰を振りながら右手を淀みなく上下させていた。時折左手の中指で先走りの溢れる鈴口と亀頭を撫でている。その動きは聡が施す愛撫と一緒で、聡の唇は自然と緩んだ。
 修二はぎゅっと閉じた瞼に涙を滲ませて、過ぎる快感に耐えている。薄く開けた赤い唇から繰り返される呼吸が速くなり、全身がしっとりと汗を纏って妖艶な姿態を曝していた。見ているだけでも下腹が痛いほど張り詰めて先走りが滴り落ちる。聡は熱を逃すように口を開いた。
「修二、して欲しい事、ある?」
「んっ…。胸…舐めて…」
 請われるまま赤く熟した果実を甘噛みしながら舐め上げる。途端に修二は身体を仰け反らせ、もう駄目、もう挿れてと、繰り返し喘いで身悶えた。
「あとで、いっぱい挿れてあげる。だから、今はこのまま達ってごらん、修二…」
 本当の事を言えば、挿れたい。けれど、この壮絶な色香を漂わせたまま、上り詰めて達する時の修二の表情(かお)が堪らなく好きなのだ。だからありったけの忍耐を動員して一度目は手淫で達かせ、その表情を堪能する事に決めている。
 修二はとても美しい。修二を見る度に、この世にこんな美しい生き物がいるのかと、畏敬の念すら湧き上がる。なのに、貶めたい虐めたいと思う気持ちがぴったりと表裏していて、この美しい崇高な生き物が、自分の与える快楽に溺れて、淫らに善がり狂う姿を見ると目眩がするほど興奮した。
 修二に対する想いは複雑で執拗で底が見えない。聡自身、狂ってると思う時がある。でも、この欲望に抗おうとは思わなかった。
「…おねが、い、聡……もう…、もう、聡をちょう、だい…」
 涙目で上目遣いに懇願する修二の顎を、首の下から回した右手の指で捕らえる。
「いいよ。達って…修二」
 上向かせた唇に優しく吸いつくと修二の深部に差し込んだ中指で、ポイントをクッと押し上げて撫で回した。
「あうっ! はぁっ、あっ…」
 修二は息をつめて全身を痙攣させると勢い良く射精した。扱いていた訳でもないのに胸まで吹き上げたが、その迸りは一度で止まらず、低く喘いで自身で雄蘂を扱くと二度、三度と濃い白濁が絞り出された。吐精に合わせて後孔がぎゅっと締まって聡の指の動きを止めさせる。四本の指を呑んだまま襞が痙攣を繰り返し、きゅうきゅうと締め上げた。
「気持ち良かった?」
 後孔の反応でどれくらい感じているか、だいたい察しがつく。そうとう良かっただろうと自信をもって問いかけると、弛緩した身体を聡に凭れさせ荒い息を整えていた修二は、チラリと聡の顔を一瞥し直ぐに目を伏せてしまった。
 聡が指をゆっりと引き抜くと「うっ…」と呻いて震えながら上体を起こした。そのまま枕元に置いたタオルを取って腹の上に散った迸りを拭い取り、はぁ〜と大きく息を吐きながら聡に背を向けて横になった。
 余韻もへったくれもない修二の行動に戸惑って、「修二?」と訝しげに声をかけながら聡は尻のあわいへと指を滑らせた。
「駄目。入れないで」
「えっ? 修二? えっ? ちょっ…」
 と、これは、怒ってる? と内心焦る。今、この状況でお預けを食らうのはキツイ。
「修二、意地悪しないでよ…」
 修二の両肩にしがみついて細い首筋に鼻先を擦りつけ甘えるように懇願した。敢えて下腹の高ぶりは身体につけないようにしながら。
「…聡の方が、先に意地悪したんだぞ」
 少し拗ねたような小さな声に、怒っている訳じゃないと分かってほっとする。肩ごしに顔色を窺うと横目で見ている修二とばっちり目が合って、先に修二が目を逸らした。
「さっき……挿れて欲しかったのに」
 口の中で恥ずかしそうに呟くのを聞いた途端、強烈な愛しさに駆られて背中から抱きしめ、項にキスを繰り返した。
「ごめんね…意地悪した訳じゃないんだけど…。機嫌直して…修二…」
 怒っていないのが分かるとすぐに余裕が出てくる。真摯な声音で囁きながら前に回した両手で、修二の胸と雄蘂を柔らかく撫でる。
「あっ、んっ…。駄目。まだ、だ、め…」
 駄目、駄目と繰り返しながらも聡の手の中でどちらの突起もしこり始める。修二は時々素直じゃない。身体とは正反対の拒絶の言葉を繰り返す憎らしい口を、どうやって黙らせようかと思案する。
「修二、僕の中に挿れてみる?」
 不意に頭の中で過ぎった言葉を口に出してみた、その程度の気持ちだったが、修二は、「えっ?」と大きな声を上げて振り向いた。
「でき、ないよ…。…聡は…聡は、やっぱり、挿れた方がいいの?」
 くるっと向き直り小さく首を振ると、不安に揺れる瞳でじっと見つめる。そんな修二が幼く見えて、聡は思わず微笑んだ。
「やり方はいろいろあるから、できなくはないんだけど…。僕はどっちでも良いんだ。白状するとね、大学の時『抱いて欲しい』と強請ったけど、初めから僕は修二を抱きたかった。結果的に “ 受 ” の経験が多いから、たまには迎え入れたい時もあるよ。けど、どうしもって訳じゃない。僕は修二が良い方でいい。修二は、どうしたい? 僕に、挿れてみる?」
 修二の驚きに見開かれた薄茶の瞳が僅かに震えたが、すっと目を閉じてゆっくりと首を横に振った。
「俺は、聡に抱かれたい…」
 吐息のような囁きを聞いた途端、聡の身体は喜びで震え上がった。修二から自分を求める言葉を聞く度に、総毛立つほど嬉しくなる。もっともっと聞きたくて、修二の頬を両手で包み込むと額と額を合わせて「本当に?」と聞き返した。
「うん…」
 ゆっくりと瞼を開いた修二は頬に触れる聡の手に自分の手を重ねた。
「初めて聡とした時、とても驚いた。今まで苦痛しか感じなかった行為が、こんなに気持ち良いなんて…。今までの自分が嘘みたいだった。自分にもこんなに感じられる感覚があったのかと、信じられなかった。嬉しかったよ…。けど、同時に怖かった。回を重ねる毎に、受け入れないと満足できなくなっていく自分が。感じれば感じる程、まるで本当の “ 女 ” になってしまうようで…」
「修二…」
 修二の複雑な生い立ちが与えた精神的な苦痛を、思い遣る事は出来ても理解する事は難しい。痛ましい思いで頬を撫でると修二が目を細めて笑った。
「だから、止めた。考えるのを止めたんだ。怖いけど、聡が与えてくれるものだから、すべてを受け入れる。ここに…」
 言いながら聡の左手を取り、臍の下に触らせた。
「ここに聡を迎えると、とても感じて、満たされて、嬉しい…。だから、抱いて、聡。俺の中にきて…」
 聞いた瞬間、全身がカッと熱くなって、勢いをなくしていた雄蘂が見事に蘇った。修二の下腹を撫でていた手を下に移動し、反り返った修二の雄の証を指の背で撫で下ろしながら更に後へと移動させる。修二は右足を広げ自ら最奥を開いて見せた。先ほどから散々弄って解した窄まりは、うっすらと口を開いて濡れていた。
 聡は理性をかなぐり捨てた。荒々しく修二の両足を折るように抱えると、その潤んだ窪みを熱い楔で差し貫いた。
「あっ! あぁっ…」
 修二は悲鳴を上げて上体を仰け反らせた。どんなに解しても穿たれる時は痛い。それが分かっていても抑えられなかった。右腕で修二の背中を抱き寄せ、ごめんねと囁きながら口づける。修二は喘ぎながら聡の首筋に腕を回し自分から舌を絡ませてきた。求められる嬉しさに身体中が熱くなる。上も下も激しく絡ませながら、それでも冷静になろうと逸る気持ちを諫めた。このまま突っ走ったら修二を壊してしまいそうだ。
 小刻みに腰を進めて馴染ませながら、徐々に深く浅く抽挿を繰り返した。
「んっ、んっ…」と修二の漏らす吐息が艶を含んで甘く響く。苦痛が薄らいで快感へと転化したのが分かる。
 焦らすように入り口ギリギリまで楔を引き抜くと「いや…」と小さく呟いて追い縋る。熱くトロトロに溶けて吸い付いてくるそこは、痺れるほど気持ちが良い。深く抉るように修二の中を突き上げると、啜り泣くような喘ぎが漏れる。
「修二、気持ち良い?」
「はぁっ、あ、んっ、い…。きもち、いい…」
 喘ぎながら、呂律が回らない口調で懸命に返事をする修二が愛おしい。
 初めて会った時から、身も心も全てを持っていかれた。好きで、好きで、好き過ぎて、自分の気持ちに押し潰れたが、今も尚、愛しいと思う気持ちはあの頃と変わらない。自分でも驚くほど、泉の如く湧き出て涸れる事がない。強すぎる想いに、昔のように溺れずにいられるのは、以前とは違う修二との距離と、男として独り立てる自信が、男としての矜持が、修二を受け止める揺るぎない想いに繋がっている。
 それでもこの先、この人を失ったら自分はどうなるのだろうという恐れは今もある。例えば、修二が死んでしまったら…。想像するのも恐ろしいが、神経の図太い自分は、以前と同じように生きて行けるかも知れない。だが、生きていたくない。死の衝動に駆られた修二を諫めた自分が言う事ではないが、自分が逝く時は一緒に連れて逝きたい。生きるのに不器用なこの人を残しておきたくない。
 だからこそ、そうなりたくないからこそ、ひたすらに、生きたいと願う。失いたくない者をもつとは、“ 家族 ” をもつとはそういう事だ。
 僕の修二。僕の家族。自然と命の尽きる時まで、この人と一緒に生きていきたい。
「愛している…」
 耳殻へ呪文をかけるように吹き込むと、修二は首筋に回した腕に力を込めた。
「俺も…、俺も愛してる。聡…もっと、もっと、して…」
 顔は見えないけれど、唇を寄せた耳殻が赤くて熱い。可愛くて堪らない。一体どうしてくれようか。
 込み上げる気持ちを言葉にできず、代わりに音を立てて啄むような口づけを繰り返す。戯れのようなそれに、修二の唇の端が上がって微笑むのが分かる。
「うん、いいよ。もっとしようね…。達くよ…修二」
 笑ったまま達けたら幸せだ。そう思いながら、ふたりして天上を知らない至福の高みへ駆け上った。

 (了)

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