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きれいな人 〜 好きになった瞬間 〜

※ 女性が主人公です。お好きでない方はお読みにならないでください。

 美咲(みさき)がまだ小さな子どもだった頃、祖母が聞かせてくれる祖父の話が好きだった。
 母や三人の伯母たちは、耳にたこができたと言って付き合わなかったし、他の女の従兄弟たちも、三十五歳の若さでこの世を去った会った事もない祖父の事など、まるきり興味がないようだったが、戦前では珍しく大恋愛の末に結ばれた祖父母の恋愛話は、小さな美咲にとってシンデレラのお話を聞くのと同じくらい、何度聞いても胸躍るのだった。
 友人の兄で海軍将校だった祖父と知り合ったとき、祖母はまだ十六歳の女子高生だった。しかも、祖父には親が決めた婚約者がいた。けれど、諦めきれなかった祖母は、猛アタックの末に祖父のハートを射止めたのだった。
「無口で大人しい人だった。軍人とは思えないほど優しくて、何てったってとっても奇麗な人だったの。上原謙なんて、目じゃなかったんだから!」
 六〇年経っても思い出すと興奮するのか、祖母は少女のような顔で頬を染めうっとりしていた。
 比較対象の俳優がどんな顔をしていたのか知らないが、数枚しか残っていない祖父の写真は、祖母が虚言癖の持ち主でない事を伝えていた。祖父は、涼やかな目元が印象的な美男子で、好みが遺伝子したのか、美咲も祖父の顔が大好きだった。
「恋をしなさい、美咲。そしてあなたも、お祖父さんみたいな奇麗な男性(ひと)を捕まえるのよ。好きになったら、何があっても諦めない事よ。そうしたら、必ず道は開けるから」
 話の締めくくりに祖母はいつもこう言ったが、決まって美咲の母親から文句を言われていた。
「お母さん、やめてちょうだい! 男は顔じゃないんだから!! 一に心根、二に経済力、三、四がなくて、五の次くらいに顔が来るので丁度良いのよ。変なの選んだら、この子が一生苦労するんだから!」
「あら、私だってそう思うわよ? 一つ目は心根の良い人。でも、二番目は顔よ。経済力なんて、顔の次でいいの。だって、自分が稼げばいいんだから」
 祖父が亡くなってから、美容師として女手ひとつで四人の子どもを育てた祖母は、何でもない事のようにさらりと言うけれど、父と共働きでようやくマイホームを手に入れた母は、「お母さんのときとは時代が違うのよ!」とカリカリするのが常だった。
「そうかしら? でも、どんな時代になっても、生きていくのに大切なのは『お金』より『愛』だと思うわよ? 美咲はどう思う?」
 母を怒らせたくなくて曖昧に小首を傾げて誤摩化したが、祖母が亡くなって十年が過ぎ、年頃の娘に成長した美咲は、どちらの言葉にも疑問を感じていた。全くと言うほど、男運がなかったからだ。
 祖母曰く、祖父に似ているという器量のお陰か、中学生の頃から美咲に言い寄る男は多かったが、祖母の呪縛にかかっているせいか、つい奇麗な男を選んでしまうのだけれど、そろいも揃って自分大好きなナルシストばかりだった。
 それならばと、母の意見に従って頭が良くて将来性のありそうな男を選んでもみたが、こちらは狡賢くて高飛車なのが多かった。
 今度こそは、今度こそはと、何度が恋をしてみたけれど、祖母と母が揃って一つ目に挙げた、心根の良い男に巡り会う事はなかった。
 もっとも、奇麗な男にしろ経済力のある男にしろ、美咲は自分から好きにならないと付き合えない性質(たち)だったから、結局は運がないのじゃなくて、見る目がない、という事なのだろう。
 そう自覚してからは、とりあえず恋愛は置いといて、憧れの存在だった祖母のように、まずは経済的に自立した女性になろうと思ったが、短大の家政科を出てコネで入社した美咲にとって、経理の仕事は難し過ぎた。
 本当は保育士になりたかったのだが、アルバイトとしてしか募集がない上に時給が安かった。国家資格を取ったはずなのに、そんなんじゃ駄目だと両親に反対され、父親の勧めるまま仕方なく入ったのが三葉シャッターだった。
 こうして何とか社会人になれたはいいが、てっきり総務部に配属されるとばかり思っていたのに、何の間違いか経理部に配属されて、数字の苦手な美咲には不運の始まりにしか思えなかった。
 それでも、入社した以上は父親の顔を潰さないよう、最低でも二年は勤めるつもりだったが、やりたくない仕事をするのは、思った以上にきつい事だった。
 楽しくないのだ。仕事が、会社が、毎日が……。
 別に、何か問題がある訳じゃない。経理部の社員は女性が多かったが、コネ入社だからと意地悪される事もないし、みんな親切で和気あいあいとしていた。それでも、仕事をするのと人間関係は別ものだから、失敗ばかり繰り返す美咲は、しだいに居心地の悪さを感じるようになった。
 あとあと被害妄想だったと思うのだけれど、入社当初は、自分と似たようなぽわっとした感じの同期の子が、自分より仕事をこなしているのに焦りを感じたし、きちんと出来ない自分は彼女と比べられているのじゃないかと、日に日に心が萎んで行った。
 あまりに落ち込むと、彼女はもともと簿記の専門学校を出ているのだし、畑違いの勉強をしていた自分が出来ないのは当たり前だと、開き直ってみたりもしたが、このままでは二年も保たずに辞めてしまいそうな気がした。
 誰かに相談しようかと思ったが、口にすればただの愚痴になりそうで、悶々と不満を持て余したまま、時間ばかりが過ぎて行った。
 そんなとき、短大時代の友人で早くも結婚する子が現れて、仲の良かった友人と一緒に招かれた披露宴の席で思い切って相談してみると、やはりコネで信用金庫に勤める友人は、何だそんな事かと事も無げに答えた。
「そんなに仕事が嫌ならさ、美咲もさっさと寿退社しちゃえばいいじゃない。それならお父さんの顔も潰さずに済むでしょう? 結構良い会社に入ったんだし、美人でモテるんだから、今までみたいに高望みしなければ、男の一人や二人すぐに見つかるんじゃないの?」
 大した悩みじゃないように言われて、何だかとても傷ついたのだった。
 寿退社と言われても、今は付き合っている人もいないし、経理部の男性など論外だった。もともと男性社員が少ないのだが、まともな感じの人は既に結婚していて、あとはカスばかりのように思えた。もちろんそれは言い過ぎで、全員仕事は出来る人ばかりだ。
 でも、身なりに気を遣わないぶっきらぼうで口の悪い上司や、見た目は良くても、何かに夢中になると周りが見えなくなるオタクなど変人ばかりで、どこか別の部署の人を探さなければならない事は一目瞭然だった。
 それに、今までだって高望みしていたつもりはないし、少々顔の造作が良くても、そう簡単に相手を見つけられないのは実証済みだ。他意はなかったのかも知れないが、人の傷口をえぐってくれたこの友人とは、二度と会いたくないと思ってしまった。
 そうして我慢を続けること半年、事件は起こった。否、事件と言うほど大げさな事ではないのだが、美咲にとっては大事件だった。
 会議で必要な書類を作成中にパソコンがフリーズしたのだ。ずっと保存しないまま作業を続けていたから、三時間分の苦労が水の泡になって、自分自身も蒼白のまま暫くフリーズした。
 また一から作り直せば良いだけの話だが、その日に限ってソフトの操作を教えてくれる先輩社員がお休みで、自分一人で完璧に作り直せる自信がなかった。
 もうすぐ退社時間だったし、今日日(きょうび)会社は残業に厳しかったので、同期の社員に手伝ってもらう訳にはいかなかった。残って教えてくださいと頼めるのは、残業手当の付かない直属の上司なのだが、それは美咲が一番苦手な鬼塚という課長だけだから、目の前が暗くなってしまった。
 それでも、結局は残業届に印鑑を押してもらわないといけないのだから、覚悟を決めて鬼塚の席に行くと、パソコンとにらめっこしていた鬼塚は、オールド・イングリッシュ・シープドッグみたいな、ボサボサな前髪に半分隠れた顔を上げた。
「何だ清水、どうした?」
「残業届けに印鑑をお願いします」
「残業? 何の仕事で残るんだ?」
「明日の定例会議用の書類を作っていますが、間に合いそうになくて……」
「定例会って、明日の三時だろう? それまでに間に合わないのか?」
 まるで、お前は仕事が出来ないとなじられているようで、胸がきりきりと痛んだ。お願いしているのに、さっさと印鑑をついてくれない鬼塚を憎らしく感じた。今だって泣きたい気分だったが、この意地悪な上司に『教えてください』と頭を下げなければいけないのが遣る瀬なかった。
 けれど、全ては自分の失敗なのだし、迷惑をかけるには違いないのだからと、頭を下げて書類を消してしまった事を詫びた。
「また一から作り直さないといけないんです。定例会は三時なんですが、田中さんにチェックして頂くので、十一時までに仕上げなければいけないんです。わたし、エクセルの操作がよく分からなくて、ワードで組み直すにしても時間がかかるので、残業しないと間に合いません……」
「分かった」
 鬼塚は美咲の話を全て聞き終わらないうちに、残業届を寄越せと手を出した。美咲は慌てて用紙を差し出すと、鬼塚は印鑑を押して「そうだったな…今日は田中がいないんだったな。俺が代わりに見てやるよ」と、自ら残ると言ってくれた。
 取りあえずほっとして残業届を部長の席まで届けに行くと、一部始終を眺めていたらしい部長は「八時までには帰りたまえよ」と、にこやかに時間制限をした。
 そそくさと席に戻って書類を作り始めたが、視界の端に同期の女子社員たちが自分の方を窺っているのが見えた。いつもならさっさと帰るくせに、こんな時だけどうしてぐずぐず残っているのだろうと癪に触った。
 自然と目頭が熱くなるのを感じたが、ここで泣きたくなかった。ぐっと奥歯を噛み締めたが、席の側に来た鬼塚にとどめを刺された。
「ワードで作り直したりするなよ」
「…でも、エクセルでやったら、わたしでは、本当に終わりません」
「面倒くせぇだろ、そんなの。サーバーを見たが、途中までのが残ってたじゃないか。お前が消したページって、前年期の決算報告書の辺りからだろう? データが残ってるはずだから、入れ直せばいいだけだろ」
「…でも、操作の方法が……」
 分かりませんと言う前に、嗚咽を飲み込むのが精一杯で、口を開く事が出来なかった。泣き顔を見られたくなくて下を向いた途端、大粒の涙がぼたぼたとこぼれ落ちた。
 鬼塚は驚いたのだろう、しばらく絶句していたが、はぁーと大きなため息を吐くのが聞こえた。呆れられたのだろうと思わず目を上げると、鬼塚は困ったように頭を掻いていた。
 いつもは鬱陶しく垂れ下がった前髪が掻き上げられ、隙間から大きな眼鏡と奇麗な形の黒い瞳が見えていた。
 美咲は大げさじゃなく、息が止まるほど驚いた。
『この人、お祖父ちゃんに似てる!』
 否、祖父よりずっと奇麗な顔だと思った。
 どっからどう見ても不細工なオールド・イングリッシュ・シープドッグにしか見えないのに、顔にかかったもっさりとした毛を掻き分けたら、同じシープドッグでも鼻先の引き絞まったシェルティーだった…ってくらい衝撃的な驚きに、泣くのも忘れて鬼塚に見入っていると、鬼塚はばつの悪そうな顔をして、「だから、俺が教えてやる…つっただろ」と、いつもより穏やかな調子で言った。
 それから気を取り直したように手近にあったイスに逆向きで座ると、イスの背を抱え込むようにして座ったまま美咲の隣りに移動して来て、「サーバーの、資料ファイルの、2012年度のを開いて見ろ」と言った。
 美咲は手の甲で涙を拭うと、急いで言われた通りの操作をした。それから鬼塚は、半年の間一度も聞いた事がないような丁寧な喋り方で、手取り足取り教えてくれた。鬼塚の教え方は的確で、とても分かりやすかった。
 数字の細かい修正は明日やる事にしたので、必要箇所だけ整え直すのは一時間ばかりで終わってしまった。
 美咲は嬉しくて、思わず「ヤッター」と両手を挙げて伸びをすると、鬼塚はイスの背の上で組んだ腕に顎を載せたままだったが、それでも口角を上げて同意するように、「ああ、終わりが見えて来たな…」と呟いた。
 何時だろうと時計を見ると、既に七時半を回っていた。フロアは美咲と鬼塚しか居らず、しんと静まり返っていた。二人しかいないのだと意識した途端、急にどきどきした。
 先ほど垣間見た鬼塚の奇麗な顔を思い出したら余計にどきどきして、冷静になろうと「何か飲み物を買って来ます!」と立ち上がったが、鬼塚が「お前は続きをやってろ」と代わりに買いに行ってしまった。すぐに缶コーヒーを買って戻った鬼塚に代金を払おうとしたら、「おごりだ」と言って缶を手渡された。
「あ、ありがとうございます。ごちそうさまです…。あと、今日は、ありがとうございました」
 お礼ついでに、心から感謝の気持ちを込めて頭を下げると、「別に、礼には及ばねぇよ。部下に仕事を教えるのは上司の仕事だ」と、いつものぶっきらぼうな声が返って来た。
 いつもなら、それで気持ちが砕けてしまうのだが、鬼塚ときちんと話がしたくて言葉を続けた。
「でも、時間外ですし、わたしのミスでご迷惑をおかけしたから……」
「そうだな。これからは、何かあったらすぐに報告してくれ。あと、分からねぇ所は、時間内に聞くように」
「はい…申し訳ありませんでした。仕事が出来ない部下なんて、足手まといですよね……」
 他意はなかった。いつも思っている事を口にしただけだったが、鬼塚は呆れたようなため息を吐いて言った。
「あのなぁ、お前は新人なんだから、今は仕事が出来なくて当たり前なんだよ」
「でも…同期の刈谷さんは、エクセルも簿記も出来るし、普通は新人でも、彼女くらい出来るのかなって……」
「ああ、あいつは簿記学校出身だからな。逆に、ある程度は出来てくれなきゃ困るが、確かに今は就職難だから、言われなくても、みんな自力で色んなスキルを身につけて来るがな」
 美咲は恥ずかしくなって下を向いた。鬼塚は新人は出来なくて当たり前と言ったが、自分もそう開き直ってこれまでの半年間、何の努力もして来なかった。
「わたし、本当は保育士になりたかったんです。でも、アルバイトでの募集しかなくて、両親に反対されて、もう何でもいいやって思って、こちらにお世話になったんです。だから、てっきり総務に配属されると思ってたんです。経理の仕事なんて思ってもいなくて…」
 言い訳するつもりはなかったが、何もしないで遊んで来たと思われるのは嫌だった。
「ふ〜ん。まあ、総務も経理も、そう違いはないと思うがな。どこに配属されても、どんな恥ずかしい事を聞いても許されるのは、本当に新人のうちだけだ。もしお前が、まだしばらくここにいるつもりなら、知らない事を恥ずかしいと思うな。人と比べてどーのこーの言うのは、三年早いと思いな。石の上にも三年って言うが、仕事が出来るようになるのは、誰だって三年目くらいからだよ」
 三年と聞いて気が遠くなった。二年辛抱したところで、そこで辞めたら仕事の出来ない人間のまま終わってしまうのかと思うと、いっそ今すぐ辞めてしまった方がいいのではないだろうか。
 ぼうっとしていると、鬼塚が窺うように聞いた。
「あのな、お前がコネ入社なのは知ってるが、他にやりたい事があるなら、そっちへ進んだ方がいいんじゃないのか?」
 ついさっき自分が考えていた事なのに、他人(ひと)に言われると、まるで『お前はいらない』と言われているようで悲しくなった。
「わたし…辞めた方が、いいでしょうか?」
 涙ぐみそうになりながら答えると、鬼塚は慌てて「そうは言ってない」と首を振った。
「俺はお前みたいに、やりたい事なんて一つもなかったからさ、どこで働こうと同じなんだが、せっかくやりたい事があるんなら、この会社で我慢して働くより、アルバイトでも好きな仕事をした方がいいように思っただけだ」
「そう…ですね。でも、父に迷惑をかけられませんし…。せめて、二年はこちらでお世話になろうと思ってましたから……」
 転職すれば、確かに今よりは楽しいだろう…と思う。けれど、両親の反対を押し切れなかったのは、自分でもアルバイトで働く事に不安があったからだ。
 俯いた美咲に、鬼塚は穏やかな調子で言った。
「だったら、二年の間だけでも、腹据えて経理を覚えてみたらどうだ? お前はまだ二十歳だから分からないだろうけど、やってる時はそれが何の肥やしになるか分からん事でも、努力した事は全部、後になって役に立つ時が来るんだよ。保育士と経理じゃ、やったって無駄な事のように思うかも知れんが、お前がここで頑張って身に付けた事は、この先どんな仕事に就いても、きっとお前を助けてくれる日が来ると思う。だから、スタートが遅い事なんか気にしないで、勉強してみたらどうだ? 分からない事があったら、俺でも、住吉にでも訊けばいい。みんな助けてくれるから、頑張れ」
「はい……」
 頷いて鬼塚の方を見ると、薄くて形の良い唇が優しく微笑んでいた。瞳は隠れて見えていないのに、どんな表情で微笑んでいるのか、分かるような気がした。
 良い人だと思った。この人を見た目の印象だけで避けていたなんて、やっぱり自分は見る目がなかったのだと、内心でため息を吐いた。
「じゃあ、今日はこれで仕舞おう。チェックは俺もするから、明日の二時までに数字の修正をしてくれれば良いよ。田中には俺から言っておく」
 そう言って鬼塚はイスから立ち上がった。美咲も慌てて立ち上がり「あの、本当にありがとうございました!」と頭を下げると、ぼろっと、涙がこぼれ落ちた。
 書類が間に合うと気が緩んだせいもある。でもそれ以上に、鬼塚の言葉が嬉しかったのだ。ずっと一人で悶々としていた悩みに答えを出してくれた上に、頑張れと言ってくれた。
 本当は、投げ出すみたいに辞めたくはなかったのだ。負けず嫌いでもあるし、仕事が出来ないから辞めるとか、ましてや結婚するなんて、絶対に嫌だった。
「…おい、ど、どうした? 大丈夫か?」
 目の前で腰を屈めたまま泣き出した美咲に、鬼塚はおろおろしたように声をかけた。
「本当に、今日は、もういいんだぞ? …あ、明日、二時だときついか?」
 鬼塚の困ったような声を聞いて、美咲は泣きながら可笑しくなってしまった。
 普段は無口で、そのくせ喋るとぞんざいで、ぶっきらぼうで、恐い人だと思っていた。でも、本当はとても優しくて、気遣いの効く人なのだ。
『変な人』
 そう思ったとき、もしかしたら今の方が本当の鬼塚で、普段の鬼塚は見せかけの姿なのかも知れないと思った。だって、さっきから自分を慰めようと、鬼塚はずっと饒舌なままなのだから。
 美咲は顔を上げると涙を拭いて、落ち着かない様子の鬼塚に泣き笑いの笑顔を見せた。
「すみません。気が緩んでしまって。もう、大丈夫です。明日から、頑張ります」
 鬼塚はほっとしたように「そうか」と言って笑った。見えないけれど、とても奇麗な優しい顔で笑っているのが分かった。
『お祖母ちゃん、見つけたよ。お祖父ちゃんみたいな、奇麗な人』
 美咲は心の中で、そっと祖母に報告した。

 (了)


サイト初(たぶん、最初で最後)の女性視点。鬼塚は酔ったとき以外でも饒舌になる…というお話でした。

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