ごった返す改札を抜けると望月聡はホッとして息を吐いた。久し振りに定時に退社できたのは良いが、帰宅ラッシュの電車に乗るのも久し振りで、駅に着いた時にはいつもよりグッタリしてしまった。
それでも週末の早い時間に帰宅できたのが嬉しくて、鼻歌も出んばかりの上機嫌で家路を急いだ。今日は会社を出る前に同居している恋人の長瀬修二へメールを送っておいた。すぐに届いた返信には、『ハンバーグを作って待ってる。ビールが足りないから途中で買って来て』と書かれていた。
ハンバーグは聡の好物だ。普段は帰宅が遅いため夜は外食して帰る。だから平日に食事の用意を頼む事は殆どない。修二は自分の食事には魚や煮物など和食を好むので、今夜は聡のために腕を揮ってくれるという事だ。
頼まれた通り途中でコンビニに寄り、冷えたビールを六本買った。これも、いつもなら三本くらいしか買わないのだが多めに買う事にした。
明日は休日だから…というのもある。でも、どちらかと言えば用心のためだ。この間、風呂上がりの一杯を楽しみにしていたのに、聡が留守の時に訪ねて来た田辺賢造に飲まれてなかった事があった。
「ごめん! 買い足しておこうと思って忘れてた…。すぐコンビニに行って買って来るから!」
腰にバスタオルを巻いた状態で不機嫌な顔をしている聡に、修二は謝りながら慌てて買いに出ようとしたが、「いや、今日はあんまり飲む気分でもないから」と嘘を吐いて止めさせた。
修二はビールを飲まないし、自分のためだけにこんな夜更けに足の悪い修二を買いに行かせるなんて、できる訳がない。かと言って、自分が着替えて買いに行くのも億劫で、内心で田辺に悪態を吐きながらスポーツドリンクを流し込んだ。その時の事を思い出すと今でも胸がムカムカする。
田辺は修二の親戚で、今のところ付き合いがあるのは彼だけなので、家に上げるなとは口が裂けても言えないが、聡にとっては天敵と言える人物だから、会ってほしくないのが本音だ。それを二人とも知っているから、自分が居ない時に隠れて会っている。否、修二はきちんと会ったと報告してくれるが、会っている事自体が嫌なのだから、聞かされて気分が良くなるものでもない。
自分の嫉妬深さにもムカムカしながらコンビニを出ると、隣りのレンタルビデオ屋から出て来たカップルとぶつかりそうになった。
「失礼!」
「あっ、いいえ! こちらこそ〜!!」
むっとした顔を向けたカップルの女が、聡の顔を一目見るなり頬を染めて甲高い声を上げた。聡は咄嗟に身に付いた営業スマイルで頭を下げると、女は更に顔を赤らめた。それを見た連れの男が不機嫌そうに「行くぞ!」と言ってさっさと歩き出した。しげしげと聡を眺めていた女は愛想笑いを浮かべて会釈すると、「待ってよ〜」と言いながら急いで男の跡を追いかけて行った。
聡は苦笑いを浮かべ自分も歩き出そうとしたが、ふと、最近映画を見ていないのを思い出し、そのままレンタルビデオ屋に入った。
店内には旧作が半額とのポップがベタベタと貼られていたが、半額でなくても古い映画しか見るつもりはなかった。聡は元々オールドムービーマニアで、見たい映画は通販などで買わないと手に入らない。それでも映画自体が好きだから、新作映画も満遍なく見るようにしていた。
旧作の並ぶ棚を順繰りに眺めて行き、『初恋のきた道』を手に取った。以前、修二が見たいと言っていた作品だ。
修二は映画を好んで見る方ではない。その理由を訊いた時、小説家を目指している修二は『小説には文章でしか表現できない世界があるし、映画には映像でしか表現できない世界があるけれど、俺はまだ未熟だから、映像には敵わないと思う瞬間が多くて悔しくなるから』と言っていた。その修二が、それでも見たいと言っていたからよく覚えていた。